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六月〜八月末にかけて、全国各地で行われる祇園祭。
一番有名なのが、京都の八坂神社で7月のひと月かけて神事が行われる「祇園祭」だろう。
八坂神社自体、明治4年の神仏分離に伴い、「祇園神社」から「八坂神社」に改名しており、
全国で祇園祭りを催す神社の名称は多種多様である。
基本は、祭神の牛頭天王が祇園精舎の守護神とされ、牛頭天王は神道の神:スサノオのと神仏習合化されたことによる影響である。
特に、江戸時代中期から爆発的に神社が増えていくとともに、多種多様な鎮守伝承(社伝)が作られるが、
客観的には、神社の名称およびその変遷だけでも、ある程度の判別はできる事例でもある。 .wikipedia の祇園信仰の解説による、本社と神社名の区分;
・ 八坂神社系統:八坂神社、祇園神社、素盞嗚神社(素戔嗚神社)、感神社、彌劔神社(八剣神社)
・ 広峰神社系統:広峯神社
・ 須佐神社系統:須佐神社、八雲神社
・ 須我神社系統:須賀神社
・ 津島神社系統:津島神社、天王神社 茨城県内では、ほかの都道府県同様に、八坂神社・祇園神社を名乗る旧村社が多い。
一方で、須賀神社、素鵞神社も所在する土地柄である。
須賀神社では、結城氏の信仰を得ていた結城須賀神社が有名で、小山氏が信仰した小山須賀神社と同様に中世期から既に信仰が広まっていたとも言える。
藤原秀郷を祖と仮した氏族がすべて須賀神社を信仰したかは定かでないが、
藤原秀郷を祖と仮した氏族がそこにいて須賀神社を建立したと、後世の人が伝承することは容易に予想できる。
茨城県内にて、須賀神社の名称は、県西〜県南の一部に見受けられる印象がある。
素鵞神社/素戔神社の名称は、
祭神のスサノオ(『日本書紀』:素戔男尊、『古事記』:建速須佐之男命)から命名したことは推測できるが、
地域により、読みが「スガ」だったり「ソガ」だったりと異差がある。
茨城県内では、河川沿岸や中世期の鹿島神宮社領に多い印象があるが、
水戸以北については未調査であるため、判断はできていない。
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