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新発見の足利尊氏の自筆書状に見る「小笠原孫二郎政宗」
「小笠原孫二郎政宗」という人物が小笠原氏系図に記載ない人名であることがから、報道では『謎の人物』とされたが、
その実、小笠原政宗はこれまで「小笠原長基」と同一人物とされてきた。
今回新発見の書状にて年号が判明したため「小笠原長基」とは別人の可能性が浮上。
足利尊氏直筆文書 観応3年(1352)6月20日付け
1372年4月に小笠原正長が病気となり遺書を書き残したが、子の長基は系図によると若干6歳であるため、
従来の「小笠原長基」と同一人物説は否定される。
そこで、小笠原正長の弟である「小笠原宗政」が「政宗」を名乗っていた可能性が考慮されている。 「小笠原孫二郎」という人物は、今までも古文書にその名を確認されており、
観応三年七月文書 『東京大学史料編纂所影印叢書』 小笠原文書 29号文書
5/20付尊氏書状 『東京大学史料編纂所影印叢書』 小笠原文書 28号文書
など史料にその名を確認できる。 花岡康隆「鎌倉府体制成立期における信濃小笠原氏について」(所収:『信濃』63-10、2011)
花岡康隆「信濃小笠原氏研究の軌跡と成果」( |
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