常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

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水戸城二の丸角櫓復元及び土塀整備工事の現場説明会を開催


二の丸角櫓等の復元整備の状況をく一般住民に公開し、水戸城大手門等復元整備工事への理解の促進や機運のさらなる向上を図るものために、現地説明会を開催するとのこと。

参加費 無料

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開催日時  令和元年7月7日(日)
・ 第一回説明 13:30〜 30名 
・ 第二回説明 14:30〜 30名

集合場所: 二の丸展示館
(三の丸2丁目9-22)

説明会開催場所: 水戸市三の丸2丁目地内
(二の丸角櫓復元工事現場内)

説明時間 30分程度を予定

説明者: 春日井 道彦 氏 (公益財団法人文化財建造物保存技術協会 参事)

参加対象者 工事現場内のため、自力で歩ける方ならどなたでも

参加方法 (事前申し込み)
申込期限: 令和元年6月19日(水)(必着)

往復ハガキもしくは、電子メールに必要事項を記入のこと
<記入事項>
1.参加希望時間  
2.参加希望者全員の氏名(ふりがな)、性別、年齢
3.代表者の住所、電話番号

申込時の注意事項
※重複申込み不可
※定員を超えた場合は、抽選により参加者を決定。
※申込結果は6月28日(金)までに応募者全員に通知。
※一度の応募で4名まで可能

往復はがきのあて先
水戸市教育委員会事務局 教育部歴史文化財課
〒310-8610 水戸市中央1−4−1
メールアドレス:rekishi-event@city.mito.lg.jp

その他の注意事項
・参加費無料・希望時間は、変更になる場合あり
・駐車場はないので、公共交通機関を利用とのこと。
・小雨決行。荒天の場合は中止。
・動きやすく、汚れても良い靴・服装を着用。
・説明会当日はヘルメット着用。


問い合わせ
水戸市教育委員会事務局 教育部歴史文化財課
〒310-8610 水戸市中央1−4−1
TEL 029-306-8132







企画展「戦国の伊達氏―稙宗(たねむね)から政宗へ」
会期:令和元年7月12日(金曜日)から9月1日(日曜日)まで




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問い合わせ
仙台市博物館
980-0862 仙台市青葉区川内26番地<仙台城三の丸跡>
仙台市博物館情報資料センター(電話:022-225-3074)





先日、『運慶様式では東日本最古か?』と報道された、金剛力士立像(吽形 茨城県雨引山楽法寺 蔵)が、調査先の東京藝術大学にて、特別公開されている。




「研究報告発表会 東京藝術大学 大学院美術研究科 文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室 」

像: 金剛力士立像(吽形) 茨城県雨引山楽法寺蔵
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期日 6月7日(金)〜6月11日(火)
時間 10時〜17時 (入館は閉館の30分前まで)

観覧料 無料
主催 東京藝術大学
助成 藝大フレンズ賛助金

場所 東京芸術大学大学美術館 陳列館1階

【展示内容】

陳列館1階での展示は、AR活用パネル展示と修復仏像の現物展示。




問い合わせ
ハローダイヤル 03-5777-8600
(※ 来館案内 | 東京国立近代美術館 に接続します。)


    











武家屋敷 小野崎家(角館公民館・角館武道場)

角館武家屋敷の入口のあたり、駐車場スペース区画と隣接する。
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角館武家屋敷の中で、小野崎氏の屋敷について、観光ガイドブックなどに記載なく、あまり情報もなかったので少し調べてみました。

実際、角館城代 佐竹北家の上級家臣として小野崎氏がいたのは明治中期まで。

小野崎氏が東京へ転出したのち、その広大な敷地は旧制秋田県立角館中学校に転用。
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昭和24年航空写真


その後、新生秋田県立角館高等学校が引っ越す1970年代まで学校用地として利用されていたとのこと。
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そのため、小野崎氏が使用していた家屋などは一切残っていないのが現状。

空き地には角館公民館や武道場などが建設され利用されたが、
それらの施設の老朽化に伴い、武家屋敷風の外見を取り入れた、角館公民館や角館武道場が建設されたとの事。

角館公民館は、県外に住む小野崎氏子孫の方が所蔵していた屋敷間取り図をもとに、平成12年にその一部を復元建築している。

また、角館武道場についても、外見は日本建築様式を取り入れ武家屋敷街に沿う外見となっている。
なお、秋田県立角館高等学校旧敷地の西半分は、角館町 平福記念美術館となっている。
(美術館前庭の太い樹木は小野崎家屋敷由来との事)


旧秋田県立角館高等学校グランドは、現在武家屋敷入口駐車場として活用されている。
この地も、元来は武家屋敷跡地だったのだろうか。


    
角館城下町の歴史           図説 久保田城下町の歴史       秋田武鑑
  林 正崇 (著)               渡部 景一 (著)                則道 (著), 三浦賢童 (編集)




    
と再興事件  江井 秀雄 (著)                             (るるぶ情報版(国内)) Kindle版





医師・医学史家である深瀬泰旦 氏の論文『史料との出合い - 歩兵屯所医師取締手塚良仙とその一族 - 』
(所収:日本医史学雑誌第36巻第4号 平成2年10月)に詳しい。


手塚治虫家の略系図


手塚良意 - 娘
 || -  -  - 光照(二代目良仙) - 良仙光亨(良庵・三代目) - 手塚太郎 - 粲 -  手塚治虫
冨田与八郎四男 |               (1826〜1877)
(初代・手塚良仙)|
            | - 女子 - 手塚良運(府中藩侍医)(?〜1873)
          ||               
 - 手塚良元(府中藩侍医)


手塚良運は、廃藩置県で小石川から石岡市鹿の子に新設された常陸府中藩武家屋敷に移住。
そのご、1873年に45歳死去。
手塚氏の血縁が清涼寺の僧になった縁で同寺に埋葬されたと推測されている。



手塚良仙光亨(良庵・三代目) と手塚良斎の関係
インタネット上の一部ブログで、手塚良庵(三代目良仙光亨)と手塚良斎が同一人物である旨の記述を見かけるが、まったくの事実誤認である。

手塚良庵と手塚良斎は異なる人物で、義兄弟の間柄である。

深獺泰旦 『歩兵屯所医師取締手塚良斎政富』(所収:日本医史学雑誌第31巻第4号 昭和60年10月)


江戸から来て居る手塚と云う書生があって、この男は或る徳川家の藩医の子であるから、親の拝領した葵の紋付を着て、頭は塾中流行の半髪で太刀作の刀を挟してると云う風だから、如何にも見栄があって立派な男であるが、如何も身持ちが善くない。





    
 福沢 諭吉 著              手塚 治虫 (著)              手塚 治虫 (著)     





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