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この「大掾下総守」は陸奥国において大掾氏を名乗る。
常陸大掾氏との関係は不明。
ちなみに、常陸大掾氏では大掾詮国と同時代である。。
大掾下総守と氏家彦十郎を遵行使(両使)として、
八幡氏の押領を停止の上、宮城郡内の余目郷などの下地を
留守氏に引き渡すよう、大崎直持が命じた奉行奉書が残る。
■1361年(康安元年)7月6日 大崎直持は、泉田左衛門入道と氏家伊賀守(彦十郎と思われる)を両使として下地打破を八幡氏に命じた。
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2014年06月19日
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