常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

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秋田藩士武田氏




武田 信親 - 安親 - 守親

画工として勤仕える。

武田 信親は、行方武田氏か。

狩野武田氏との別記もあり、行方武田氏の系統ではないと再考した。



■ 関連情報
【喜連川文書】足利義氏官途状写(書札礼) 嶋崎氏・小高氏・玉造氏・手賀氏・下河辺氏・芹澤氏・津賀氏・烟田氏・武田氏・山田氏・中居氏・島並氏・鹿島氏



下河邉 行次*― 行温※―行舞―行忠一某 (三右衛門)
*慶長八年常州 ヨリ来
※天英公時世侍鉄砲勤仕
〔知行高 :50〕

藤原姓か。

行方下河辺氏は「親」を通字としていることから、当該下河辺氏は行方下河辺氏とは別系統かと思われる。

注:天英公とは佐竹義宣のこと。(法名・浄光院殿傑堂天英大居士から、尊称として浄光院様とも。)

■関連情報
〔藤原姓益戸氏系図〕

秋田県所蔵古文書目録第5集『系図目録Ⅱ』より:
益戸 勘解由某※一資秀―秀親一藤太秀乗―市進秀興一秀雅―秀政―武助某(文化2.8)

             政秀*―秀珍―秀應一秀精―秀典―正吉秀幹(文化2.7)

〔幕紋 :梶葉〕

※於常州参勤千浄光公、慶長七年随従千遷封来子羽州
勘解由某之第二子

浄光公=結城秀康




(以下、常陸太田市編さん委員会編『佐竹家臣系譜』より
    勘解由
益戸 某      - 資秀 - 秀親
        |
         - 正秀 - 秀珍

益戸勘解由、結城秀康に仕えたのち、慶長7年常陸よりくる。



秋田藩士佐谷氏 〔平姓〕
〔紋 :三 ツ頭左巴〕


佐谷 貞幹-正右衛門幹胤-幹廣-幹當-某(清右衛門

佐谷 貞幹、流浪し真壁に従し、義重に使える。慶長7年常陸より来る。
(以上、常陸太田市編さん委員会編『佐竹家臣系譜』より


佐谷 貞幹-正右衛門幹胤※―幹廣―幹當―幹種―幹保―幹豊―内蔵之丞幹文―
    茂木幸楠組下・十二処給人  〔紋 :三 ツ頭左巴〕    

   (正右衛門幹胤第二子)―賢幹―久幹―典幹―幹天―幹敦―喜内幹登一
     茂木幸楠組下・十二処給人 〔紋 :三 頭左巴一 卜重輪〕 

※慶長七年貞幹卜同ク常州 ヨリ来ル


秋田藩士としての佐谷氏は、一系統2家の系図が残されている。
これによると、
・佐谷貞幹、天正18年大掾氏滅亡とともに浪人、真壁(氏)に逃れる。
・佐谷貞幹、幹胤親子、慶長7年佐竹氏の出羽転付に伴っている。
・佐谷幹胤の第二子が分家シタ。











秋田藩士 古尾谷氏(藤原姓)

古尾谷 久貞-政貞-光貞-貞恒-貞香

古尾谷 久貞、佐竹義重に仕える。

古尾谷 政貞、慶長7年、常陸より来る。
(以上、常陸太田市編さん委員会編『佐竹家臣系譜』より


 〔源姓〕 紋 :丸 ノ内六須浜
古尾谷 久貞※―光貞―貞恒―貞香―貞安一貞治―祀吉貞信
※初常州水戸ノ住、慶長七年天英公御遷封ノ時御供ニテ秋田工来ル



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