常州宍戸宇治江路河助三郎
月牌 妙紅禅定尼 霊位
天正十一年極月十八日為母友部上総守立之
宇治江は、北郡宇治江(現:石岡市宇治会)と思われる。
この時点で、「宍戸」氏の勢力範囲と認識されていた、というより、自己申告形式で
喪主 ⇒ 取次 ⇒ 清浄心院 へ伝達したようだ。
他の供養牌の記入と比較すると、
供養仏・・・友部上総守の母
喪主・・・・・友部上総守
取次・・・・・路河助三郎
と判断した。
供養者である友部上総守は、佐竹氏の出羽国替えののち、
北群大増地区および太田地区などに土着することになる宍戸氏分流の友部氏と思われる。
取次者と思われる「路河助三郎」は、石岡市宇治会に所在する二条山館跡の城主との伝承が
あり、かつ「八郷町の地名」には宍戸氏一族と記載がある路川氏に関連する人物かと思われる。
■参考情報
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