常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

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所在:小美玉市竹原小字弓削

弓削砦跡として、椿山稲荷神社付近が推定地とされている。
竹原宿場町の界隈から検属した台地上にあり、竹原城跡とほど近い位置にある。

砦跡としては、明確な堀や土塁などの遺構に乏しく、推定場所を訪れた人から疑問の声もあったようだ。

「石岡市史」・「美野里町史」などは、椿山稲荷神社がある付近の「猪左衛門山を地元では遺構地と呼称しているが、城跡らしい遺構は見受けられないとも記されている。

イメージ 1
右 2015年現在

写真中央を走る国道6号線は、
それまで、旧竹原宿を西に折れて、府中宿(石岡市)へ向かっていた旧道の混雑を緩和するため、バイパスとして昭和30年代に開通したものである。

黄色線が囲んだ地区は、竹原宿とは谷津を挟んで、独立した形をとっている。






1975年の写真をみると、よりわかりやすい。



イメージ 2
右 1975年の航空写真:

国道6号バイパスが台地を掘り込んで、竹原地内で、国道6号に接続する様子が見て取れる。

椿山稲荷神社および竹原小学校の間の街道を南下すると、常陸竹原城跡、竹原中郷城跡へ続く道筋だ。


黄色枠線の台地は南側で、常陸竹原城跡、竹原中郷城跡へ続く道筋に接続するのかもしれない。






弘安2年 常陸国作田惣勘文案(税所文書)に、「弓削名」と出てくる場所が、
この小美玉市竹原小字弓削と言われている。

また、常陸府中の中世六名家として税所(さいしょ)・健児所・香丸 ・金丸・中宮部・弓削(ゆげのうちの一つに挙げられ、常陸国衙の関係職掌と「弓削名」が関係づけられていると推測される。


イメージ 3
右 1947年の航空写真


天正16年(1588)の、佐竹氏・江戸氏との第二次府中合戦の際、落城したともいわれるが、

常陸竹原城から近距離に砦を新造する必要性はなんであったのか、再考する必要がある。

国道6号線の前身である陸前浜街道は、
もっともさかのぼって慶長期には、もっと東北部の中台地区を宿場としており、竹原宿を通過した街道ではなかったからだ。









イメージ 4
常陸弓削砦と常陸竹原城跡、竹原中郷城跡
各城館の位置関係





















参考資料:
小杉山 大輔 「弓削砦出土の中世資料について」(小美玉市史料館報第3 号 平成21 年3 月発行 )




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