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名称:阿玉館跡・阿玉城跡
所在地:鉾田市阿玉字館後山ほか
両遺跡とも近隣にあり、観閲する限り館跡の形態をしている様子。
阿玉城跡について、広範囲な城域があるかは現状では不明。
応永23年上杉禅秀の乱に伴い、阿玉氏は領地を失ったとされている。
阿玉館跡・・・・水色線
阿玉城跡・・・・青線
他の鹿行地域のように、
湖岸に接する小規模な舌状台地先端に、城館が構築される傾向がある。
阿玉地区内に城館をもとめるのであれば。阿玉氏以後の阿玉地区でも、その可能性はないだろうか。
大字阿玉(鉾田市阿玉地区)の範囲
応永期に、阿玉氏が膝痛いしたのであれば、のちに他の領主が入植したことは予想しえるが、伝承など特に無いようだ。
地域的に、武田氏や烟田氏、鹿島氏などが想定されるが、不明である。
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2017年01月17日
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