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仮称:村上堀ノ内
所在:石岡市村上字堀内
地元では「村上千軒」の言い伝えがあり、「その昔、大変栄えた」地域と言い伝えられる。
現在の村上地区では、その言い伝えを証明する物は「竜神山」と「(村上)佐志保神社」ぐらいかと考えていたが、 小字として「堀内」が残っていた。 村上集落と隣接する大砂集落の境を知らなかったこともあり、 小字「堀内」の場所は若干あやふやである。 大砂地区は、近世に府中平村から大砂新田として開発され、のち大砂村として分村した経緯があり、 現在の村上地区と大砂地区の境界は、近世期の村上村と府中平村の境界でもあるわけだ。 赤線枠・・・・小字「堀内」
江戸期の染谷村から延びる旧道が、小字「堀内」の西がを通り山崎方面へ北上する「宍戸道」。
岩間を経由する岩間街道への合流経路を辿らない点は、近世より以前の経路の名残とも予想できるか。
また、大掾氏の嫡流として、村上権兵衛家などが近世の地誌類や系図に村上氏などが登場するが、
史実としては、検証されていない。
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2017年03月01日
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秋田県所蔵古文書目録第4集『系図目録I』より: 羽生 氏親*①―親次*②※一親綱一氏今―惣右衛門氏章 *①常州鹿島郡二居住ス、 *②常州二於テ天英公二鷹匠小番勤仕品 ※慶長七年天英公羽州遷封ノ時常州ヨリ来 〔仕官先:鷹匠勤仕 知行高:80 幕紋:舞鶴〕 秋田県所蔵古文書目録第4集『系図目録Ⅱ』より: 氏親※―親継―親綱―氏令―氏章―氏光―氏有―理右衛門氏喜―
※義宣公常州 ヨリ羽州秋田へ御国替 ノ時御省略二依テ暇出サ レ流牢
〜嫡子親継再仕ルノ後二秋田へ来ル
〔紋 :丸 鶴〕
『常陸太田市史編纂委員会編『佐竹家臣系譜』(常陸太田市、1982年)』 羽生 氏親 - 親次 - 親綱 - 氏令 - 氏章
羽生 氏親
羽生 親次,鷹匠として、常州より来る。 |
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