常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]



名称: 谷田部館跡
所在: 茨城町谷田部字鳩内

現状、小字などで積極的に城館跡の場所を特定する情報が少なく、
城郭愛好家さんなどのHPを参考にした。

平姓谷田部氏について、以下にも述べた:
苗字の本願地から、江戸氏配下へ、そして、秋田藩への仕官と、
断片的に追うことができる。



谷田部館跡(茨城町谷田部字鳩内)
イメージ 1


米軍撮影の航空写真によると、
中学校が移転する前の、城館推定地の様子が明らかになる。


紫枠・・・・・小字下屋敷
緑枠・・・・・小字木戸久保
えんじ枠・・・・小字岡コヤ
赤枠線・・・・・推定・谷田部館跡
イメージ 2

「茨城町史 地誌編」で考察されているように、
現在の谷田部地区の集落よりも長岡に近い、
近辺の小字が示すように、中心となる集落地があった痕跡が予想できる。

「新編常陸国誌」には、谷田部氏は、小鶴原合戦以後、褒賞として坂戸新平邑へ移動した旨の記載があるなど、
江戸氏への臣従と本拠地移転をうかがわせる。

「坂戸」は不明だが、
「新平」は、現在のひたちなか市三反田字新平らしく、「坂戸」もその付近かもしれない。
勝田市史に記載されている、勝田市域に在住した谷田部氏とはここで話が結びつくことになる。


隣接する長岡地区、中近世には、長岡地区と二分した上野地区に近い地域に、
その名残である小字が残るのは、谷田部地区がどのように分立したかを探るきっかけになるやもしれない。


なお、小字および現地情報は「茨城町史 地誌編」(平成 5 年 3 月、茨城町史編さん委員会)に依った。














全1ページ

[1]


.
検索 検索

過去の記事一覧

kiyomoto
kiyomoto
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事