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名称: 上石崎城跡
所在: 茨城町上石崎親沢4189
1947年の航空写真ではっきりわかるように、
舌状大地突端部を区切る土塁、および「館の山古墳」が見て取れる。
これは、現状でも変わりない代わりに、そのほかの土塁などは見受けられない。
「館の山古墳」の名称から、館があったと認識・呼称されていたのだろう。
谷津の入り方や田畑の様子から、外郭部の堀らしきものも見受けられる。
赤枠線・・・・・・・本郭跡
蛍光黄色線・・・推定・堀跡
上石崎城跡(茨城町上石崎字親沢)194712_A
上石崎城跡(茨城町上石崎字親沢)2017_y
常陸平氏・石川氏系馬場氏庶子である石崎氏の館と紹介されることが多いが、
その実は不明。
館跡の眼下には、
涸沼中間の北岸の親沢鼻、
対岸には、南岸の弁天鼻と宮ケ崎城跡が位置する。
なお、小字および現地情報は「茨城町史 地誌編」(平成 5 年 3 月、茨城町史編さん委員会)に依った。
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2017年07月29日
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