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黒嶋 敏氏は、論文『足利義昭の政権構想―「光源院殿御代当参衆并足軽以下衆覚」を読む―』
にて、永禄年間後期に、特に関東衆について後補されていると論じている。
そもそも、大掾清幹は永禄6年段階では誕生しておらず、
永禄6年当時、常陸府中には佐竹義昭が入っていた事実からも、
「光源院殿御代当参衆并足軽以下衆覚」の関東衆の記述は後世に当時の情勢を追補
編集されていると考えるのが妥当だろう。
光源院殿御代当参衆并足軽以下衆覚書 |
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2017年10月25日
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