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秋田藩士 飛田氏(2系統)
常陸国発祥の、秋田藩士 飛田氏は2家の系譜が残っているが、
「忠」を通字とする家と「景」を通字とする家、各々の通字が異なり、
系譜的には族的繋がりは見受けられない。
飛田氏①: 飛 田久米左衛門忠箇家(文 化2.7.29)
備 考 1 某※―某―忠清―某―忠窮― 忠雄― 忠告―
備 考2 ※慶長七年常陸ヨリ 八幡宮御供仕秋田工下
「備 考2」 より「八幡宮」の出羽移転に伴って、出羽国に移動したことから、元来は「八幡宮」の祀官ないし支配下の者だった可能性が。どの組に所属したのかは不明
飛田氏②: 飛田主水景行家 〔 平姓飛田氏〕〔 知行高:110 幕紋:丸 ノ内銀杏〕
1. 以下の二つの系譜が残存:
飛 田主水景行 (文 化2.7.29)
〔 禄高:109。 827〕
備考1 景 矩※―景誠―景張―景忠―景雅―景行
備考2 ※ 初ハ東武之邸二 住シ 、後羽州秋田 之住ト
10 飛田 景成―某(五郎)一 某(縫殿助)*① 一某(縫殿右衛門)一 景利*② ―景矩※―某(縫殿右衛門)
① 江戸但馬守家臣ト ナル、磯崎二居ラシム、
②水戸頼房卿 仕フ
※宗見公勤仕
〔 知行高:110 幕紋:丸 ノ内銀杏〕
注記: 宗見公 = (3代藩主佐竹義処)
2. 系譜の再構成:
飛田景成―某(五郎)一 某(縫殿助)*① 一某(縫殿右衛門)一 景利*② ―景矩※―景誠(縫殿右衛門) ―景張―景忠―景雅―主水景行
3 備考から:
●飛田縫殿助某は江戸氏に臣従し、常陸国磯崎(ひたちなか市磯崎)に住した。
●飛田縫殿右衛門某は、佐竹氏の出羽移封に伴わなかった。
●その子・飛田景利は、水戸に移封された水戸藩主徳川頼房に仕えた。
(徳川頼房の常陸国水戸転封の、1609年(慶長14年)以降)
●その子・飛田景矩は、何らかの理由で水戸藩を離れ、秋田藩に仕官。
(3代藩主佐竹義処の治世下:寛文12年(1672年)〜元禄16年(1703年)の間 )
3 考察:
佐竹氏の出羽移封から70年以上も過ぎてからの、秋田藩への仕官である。
後発の仕官であるのに、110石と比較的高格な扱いから、
飛田氏の持つ由緒がそれなりのものと、当時の秋田藩に認定されたことによるだろう。
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2018年03月12日
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