|
【7/28-7/29】高浜神社青屋祭2018 (石岡市高浜 高浜神社)
常陸国府の外港と想定されている高浜。
霞ヶ浦の最北部に位置し、国府のそばを流れる恋瀬川が霞ヶ浦に流れ込む入り江に位置することから、
古代から近代まで水運業でも栄えた地域。
そして、中世末期まで続いた常陸府中と鹿嶋神宮を頂点とした祭礼体制の一端を成した神社でもある。
鹿嶋神宮を頂点とした祭礼体制は、佐竹氏による、常陸大掾氏および祭礼にかかわる常陸平氏一族の族滅により、終止符を打つ。
その名残が、鹿島神宮、石岡市総社の青屋神社と、そして高浜神社に共通する(した)祭事にもある。
それが『青屋祭(神事)』である。
残念なことに、鹿島神宮での『青屋(神事)』は江戸時代末までには廃れ、その内容も伝聞でのみ残った。
『青屋神事』の解釈も、青屋神社の『青屋さま』、高浜神社『青屋祭』と多少異なるが、
霞ヶ浦の水辺に生えるススキ、マコモ、ヨシなどの『青い草』で仮屋を作り、神事を行い、『青い草』の茎を橋代わりにして供物を食するなどの共通点を残す。
色川三中編「常陸遺文」の「鹿島大宮祭、高浜本宮青屋祭、府中総社宮青屋祭、大荒磯崎青屋行事」にあるように、6月21日各地で行われる事からも、国司の任地着任後の国内祭神巡礼に際しての神事であったのだろう。
実際には、平安末期、全国的に遙任国司が進み目代派遣・国衙在庁官人による国衙領浸食などで、全国各地で、国司の任地着任後の国内祭神巡礼の儀式は姿を消していくが、
源頼朝による、平資幹(馬場小次郎)の常陸大掾職の継承と、いわゆる常陸平氏7流による鹿島神宮7月大祭・大使役の巡役、という形で、鹿島神宮に結び付いたことにより、佐竹氏による常陸平氏一族の族滅まで続くことになる。
実際には、鹿島神宮社領と神事に結び付いた領地、それらに付随する収入という実益があったからこその結びつきであったが。
祭礼執行場所
高浜神社
茨城県石岡市高浜865
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2018年07月18日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]












