常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

常陸日月牌過去帳

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【概要】常陸日月牌過去帳について
高野山清浄心院に伝わる、常陸国を中心とした供養帳。
永禄年間から元禄年間までの期間、武士層〜富裕層を中心とした男女の戒名を記載。

高野山に数多く存在する塔頭の一つである清浄心院は全国から旦那を集め寺院および門徒の活動資金としていた。常陸日月牌過去帳は、中世後期から近世初期に至る常陸国内の旦那の実態を物語る史料として、清浄心院所蔵文書と共に貴重な資料である。

研究者間では以前より利用されていたが、
刊行本としては、真壁町史料Ⅳにて初めて、常陸日月牌過去帳の全体を写真付きで翻刻掲載された事で、
一般利用者からの史料利用度が格段に向上した。

また、他の刊行本としては、牛久市史料 中世Ⅱ−記録編−』がある。 
こちらは、小田氏・岡見氏・土岐氏など、牛久市域で活動したと思われる供養名を抄録。
■刊行史料
・『牛久市史料 中世Ⅱ−記録編−

■清浄心院所蔵の過去帳
・越後国過去名簿( 山本隆志 2008「高野山清浄心院蔵『越後過去名簿』」
                   『新潟県立歴史博物館紀要』 9 号
・武蔵国供養帳
・下野国供養帳(高野山清浄心院下野国供養帳. 鹿沼市史編さん委員会編
秋田二郡過去帳
etc



 常州古尾谷千代若丸為母
月牌  花陰芳清禅定尼      霊位
     天正十一年五月十九日真壁右馬助立之

常陸国北郡大増地区を拠点とした、古尾谷氏の一族と思われる。
注目すべきは、
古尾谷千代若丸が幼名であり、母親の供養者となっている。
②取次が「真壁右馬助」である。








鳥名木出雲守は、行方鳥名木氏に連なる人物と思われる。
動向が不明だった戦国期以降から麻生藩に郷士として仕えるまでの空白を埋める手掛かりになるか。

 常州佐竹太田西町鳥名木出雲守立之
月牌  道正禅定門      
     慶長十八年四月十九日

「太田西町」は現在の常陸太田市西一町、西二町、西三町に該当するか。




常州北郡羽生野民部少輔立之
月牌 道琳禅定門       霊位
   元亀元年庚午霜月二十三日
 
  羽生野民部少輔は、北郡羽生野(現:石岡市加生野)を拠点とする土豪と思われる。

  永禄年間に、羽生野は青田・青柳とともに小田氏勢力圏から離れた。
   (佐竹藩家蔵文書 (大掾)昌幹宛状)




常陸日月牌過去帳 常州宍戸 友部上総守

常州宍戸宇治江路河助三郎
月牌  妙紅禅定尼      霊位
   天正十一年極月十八日為母友部上総守立之
 
   宇治江は、北郡宇治江(現:石岡市宇治会)と思われる。
   この時点で、「宍戸」氏の勢力範囲と認識されていた、というより、自己申告形式で
   喪主 ⇒ 取次 ⇒ 清浄心院 へ伝達したようだ。

   他の供養牌の記入と比較すると、

   供養仏・・・友部上総守の
   喪主・・・・・友部上総守
   取次・・・・・路河助三郎
   
   と判断した。

   供養者である友部上総守は、佐竹氏の出羽国替えののち、
   北群大増地区および太田地区などに土着することになる宍戸氏分流の友部氏と思われる。

   取次者と思われる「路河助三郎」は、石岡市宇治会に所在する二条山館跡の城主との伝承が
   あり、かつ「八郷町の地名」には宍戸氏一族と記載がある路川氏に関連する人物かと思われる。

■参考情報
 ⇒ 上杉家文書「関東幕注文」(友部大和守)




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