常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

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20号 正月25日付け 江戸重通書状写

急與令啓候、乃前日者小河へ早々御打越、残寒之時分與申、一段御大儀至令存候、此所為使者雖可申述候、漸御出馬之時節二候間、御榜二も御用意令識察、聊用脚力候、如何様於御陣中間近二節々可申承候、於向後如御前々可申合候、不可有御隔意候、萬詳令期面謁之次、不能詳候、恐々謹言      

                 江戸重通(花押影)

前小屋殿 御宿所


秋田実季知行目録寫




秋田実季知行目録寫

領地方之事

一 七拾七石九斗六升 竹原下郷之内 四ケ村之内
一 四拾四石六斗四升四合 宮田村之内
一 四拾三石弐斗八升九合 立延村之内
一 四拾壱石壱斗 中郷之内 三ケ村之内

合百七拾石















常陸国衙領の一つ、香丸名を苗字とした、香丸氏の五輪塔とされている。
中世の常陸府中には在庁官人の系譜を持つ府中六名
家なる6氏がおり、常陸府中での祭礼を執り行い、常陸大掾氏に仕えたとの伝承が残る。

税所氏、健児所氏、金丸氏、香丸氏、弓削氏、
中宮部氏



イメージ 2


左から、仮称として1号基~5号基と区別して述べると、いずれもサイズだけでなく様式も微妙に異なる。室町末期~江戸初期頃の様相。

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2000年代の茨城大学中世史研究会のフィールドワーク時には完形であった。東日本大震災で崩落したものか。1号基の背後に破損した部材がある。
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照光寺が建つこの場所は、佐竹氏による常陸府中城及び城下再建の際、鹿ノ子原から香丸氏屋敷跡に移動されたと伝える。
























常陸府中藩 歴代藩主の墓地は小石川宗慶寺にありましたが、
大正15年(1926)に、府中陣屋のあった石岡市の、雷電山西向院照光寺(浄土宗)に移されています。

小石川の墓地の移動に関してどのような事由があったのかは不明です。

藩主個々の墓を移築したのではなく、代々の墓として合葬した様子。
または、そもそも小石川宗慶寺の墓は合葬だった可能性もあります。


イメージ 1

常陸府中藩主松平家は徳川頼房の五男・松平頼隆を祖とし、1700年(元禄13年)、保内藩主だった松平頼隆が、常陸国府中に陣屋を置いて府中藩を立藩し、水戸徳川家御連枝として明治維新まで存続しました。

水戸徳川家一統の墓は、水戸徳川家累代の墓所である瑞龍山(茨城県常陸太田市瑞龍町)に、水戸徳川家本家およびその御連枝家と共に埋葬されてます。


イメージ 2


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中央に、常陸府中松平家累代の墓、左右に、9代頼縄、10代頼策の墓碑が立ちます。







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