常陸国府中関連
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永井晋氏の著作「金沢北条氏の研究」に、未翻刻文書として称名寺古文書第15号文書:常陸国国分寺住狢内四郎藤原広氏代玄蓮申状(断簡)が紹介されている。
証文之旨ロロ使不及御請文陳状之条ロ条先々言上畢、而背度々召人等、不及御請文、無謂事度々召符并御使、不召進論為同国宇治会郷地頭、背藤原広氏代玄蓮重言上、常陸国々分寺住狢内四郎一一常陸国国分寺住狢内四郎藤原広氏代玄蓮申状(称名
宇治会地頭
狢内地頭 狢内氏(狢内四郎藤原広氏) --- 代官:玄蓮(常陸国国分寺住)
代官の玄蓮は、国分寺の僧侶の一人か。
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平村之事」の記述と現在管見できる小字を元に、
明治迅速図に落とし込んでみたのものが以下である。
赤線:竹原道 、 イエロー円:竹原城跡
青線:大橋道 、 ブルー円: 大橋館跡
緑線:小川道
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中世期の常陸府中の東限として、
小川道(石岡市石岡4丁目付近)
を想定した。
根拠として、
1) 【平村ノ事】の記述による。
2) 東大橋地区は大橋郷として大橋要害管理下、又、東田中地区は高野浜城管理下と考える。
3) 国道294号線(通称小川街道)が、兵崎〜東田中〜田木谷〜小川へ繋がる街道筋とすると、
街道の呼称名が中世まで遡るかは不明だか、字「大橋道」のように府中からの街道出口と考えられる。
以上から、石岡市行里川地区および根当地区を中世期府中の東限と推測する。
つづく。。。。。 |
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石岡市行里川地区および根当地区
を推定した。
理由として、
1) 行里川地区・出し山地区・大橋地区(現:東大橋)の北部を流れる園部川(行里川)の対岸は、
竹原上郷・竹原中郷地区となり、竹原城の管理下に至ると思われる。
2) 石岡市根当地区には、根当要害跡が伝承されている。
3) 吉原 に、行里川での感状受領の旨、記載している。
4) 府中と竹原を同じく大掾氏勢力下と考えたとして、町場的にそれぞれ個別に成立していると判断する。
以上から、石岡市行里川地区および根当地区を中世期府中の北限と推測する。
つづく。。。。。
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