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国際博物館の日
ICOM (国際博物館会議)は、博物館が社会に果たす役割とその役割を、世間に広くアピールし社会貢献に努めるように、5月18日を「国際博物館の日」と定めたとのこと。
日本博物館協会事務局に連絡のあった情報のみ。
茨城県
◆古河市
古河歴史博物館 入館料減免 5月18日、入館料を団体料金へ割引
古河文学館 入館料減免 5月18日、入館料を団体料金へ割引
古河篆刻美術館 入館料減免 5月18日、入館料を団体料金へ割引
◆土浦市
土浦市上高津貝塚 無料開館 5月18日、20日 すべての展示を無料公開
ふるさと歴史の広場
土浦市立博物館 無料開館 5月18日、20日 すべての展示を無料公開
◆水戸市
徳川ミュージアム 国際博物館の日記念コンサートを開催 主な国立博物館
◆東京都
国立科学博物館 無料開館(常設展のみ) 東京国立近代美術館工芸館 無料開館 5月18日 すべての展示を無料公開
東京国立近代美術館本館 無料開館(常設展のみ) 5月18日 常設展を無料公開
東京国立博物館 無料開館(常設展のみ) 5月18日 常設展を無料公開 東京都美術館 無料開館
◆京都府
京都国立近代美術館 無料開館(常設展のみ)
◆奈良
奈良国立博物館 無料開館(常設展のみ) ◆福岡県
九州国立博物館 無料開館(常設展のみ)
※ 日本博物館協会事務局に連絡のあった情報のみとのこと。
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お知らせ・イベント(茨城県内)
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ガイドブック「龍ケ崎の水戸街道と古水戸街道」が完成
茨城県龍ケ崎市の市民団体「龍ケ崎市民環境会議」の文化環境部会メンバーが、住民から話を聞いたり道標を探したりして4年以上かけてまとめたとのこと。
水戸街道は、我孫子宿(千葉県我孫子市)から取手宿(取手市)、藤代・宮和田宿(同)を通って若柴宿(龍ケ崎市)に至るルートが知られ、現国道六号線とほぼ重複している。
が、水戸街道が整備される以前には、現在のような国道六号線(旧陸前浜街道)のような基幹道路はなく、
また、江戸時代に新田開発などで新しく切り開かれ、新規に集落が作られるとともに現在のルートへ変遷している。
水戸街道が整備される以前には、各地域の地方勢力や商人などが行き来に利用した「鎌倉街道下ツ道」など複数の経路が使われていた。
我孫子宿から回り道して銚子方面に行く街道を通り、布佐(同市)と布川(利根町)を経て若柴宿に抜ける道筋は、奈良平安期の駅馬制のルートとも重なる。
地元市民が調査・編集した点を評価
タイトル: 龍ケ崎の水戸街道と古水戸街道
仕様: B5判で全64ページ。
発行部数: 1000部限定
価格: 1冊300円。
販売場所:
龍ケ崎市環境対策課(市役所4F)
龍ケ崎市観光物産センター(同市佐貫町)
郵送で購入
冊子購入注文書への記入が必要です。
詳細は龍ケ崎市HP:龍ケ崎の水戸街道と古水戸街道 販売窓口を参照のこと。
お問い合わせ
龍ケ崎市産業経済部
環境対策課 環境政策グループ
〒301-8611 茨城県龍ケ崎市3710番地
電話:0297-64-1111 |
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企画展「茨城鉄道−今も思い出の中を走ってる−第2期」、
水戸市立博物館にて開催中。
改装工事が終わり、平成30年4月1日からひっそりとリニューアルオープンしていた水戸市立博物館。
1971年までに全廃された茨城交通茨城線の写真や資料などおよそ230点を展示する、
企画展「茨城鉄道−今も思い出の中を走ってる−第2期」が、水戸市立博物館で開催中。
「茨城鉄道 第2期―今も思い出の中を走ってる―」チラシ
茨城鉄道(茨城交通茨城線)とは
茨城鉄道は水戸市と城里町を結んでいた私鉄。大正15(1926)年に赤塚ー石塚間が開業。
昭和19(1944)年8月1日、戦時下の県内交通統合にて、茨城鉄道・湊鉄道・水浜電車等が合併して茨城交通株式会社へ組み換え。
以後、茨城鉄道は茨城交通茨城線として、昭和46(1971)年に営業廃止となる。
今回の目玉は、
茨城鉄道廃止直前の昭和44年〜昭和46年に撮影された赤塚駅、東石川駅、西原町駅、上水戸駅、大学前駅の各駅舎とその区間を走る茨城鉄道(茨城交通茨城線)を
新発見の8mmフィルム映像を企画展会場内で上映していることだ。
大学前駅(1970年以前) 大学前バスターミナル(2017年)
1971年以前に、当時学生として茨城大学(水戸キャンパス)に通っていた方は、懐かしく感じるのではないでしょうか。
公道化した路線跡については、混まずに水戸市街地に向かう抜け道でしか知らないので、
廃線ルートに電車が走っていた風景を想像するのも楽しいかもしれませんね。
◇会 期
平成30年4月1日(日)〜5月27日(日)
開館時間
9:30〜16:45(入館は16:15まで)
入場料
▼常設展・企画展は無料
▼特別展については、特別展ごとに別途。 お問い合わせ先:
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茨城県常陸太田市里美地区「塩の道ハイキングコースマップ」
江戸時代の古道常陸太田市の里美地区で、江戸時代に使われていた古道「塩の道」をハイキングコースとして整備する住民グループ「塩の道保全隊」(会沢孝一代表)が、コースの見どころをまとめたマップを作成した。塩の道ハイキングコースマップのダウンロードはこちら
常陸太田市では、広域合併後の住民による街作りをすすめる「常陸太田市市民提案型まちづくり事業補助金」事業が行われており、住民グループ「塩の道保全隊」も、2015年度よりハイキングルートの調査、コースの草刈り や倒木撤去、安全ロープの設置、看板や休憩居場所の整備を補助を得て整備を行ってきた。
「塩の道」とは
「塩の道」の呼称で呼ばれる古道や街道は全国各地に所在する。
謂れはその名の通り、近世以前に海沿いの町から内陸部の町へ「塩」を運ぶために利用した事に由来する。
であるから、「塩の道」に集約される小道だったり、分岐する小道だったりと、
現代人がイメージする古道や街道とは異なることも多々ある。
茨城県(特に旧常陸国内)では、北茨城市平潟から棚倉へ繋がる『塩街道』とともに、
水戸から常陸太田〜里美〜を経由して棚倉への街道、いわゆる棚倉街道が『塩街道』がと呼ばれたりしており、海岸部の製塩施設から内陸部に運ぶ際の街道は、必然的に『塩』を運ぶのだから、経路地の住人からすればそのルートは『塩街道』と呼称する事になるのだ。
常陸国中部〜中南部にも、大洗方面〜旧常澄村〜茨城町〜筑波山方面に経路をとる『塩街道』があり、どこが正しく他は自称だということでもない。
海岸沿いの塩の生産地から内陸地へ塩を運ぶ際に利用した街道の事を、塩を求めた人または街道沿いの人が通称で呼んでいたことに由来している。
塩の道ハイキングコース
旧里見村笠石地区の「塩の道」は、太平洋沿いの茨城県北茨城市から里美地区を抜け、大子町方面に続いていた古道であり、江戸時代、太平洋の海沿いから常陸国内陸部に塩や海産物などを運ぶ輸送路であった。
山間部を巡る山越えルートであるため、道路の整備と自動車の利用増により、
山越え登山路は利用されなくなった経緯がある。
笠石地区の古道「塩の道」と薄葉沢渓谷をハイキングコースとして、地元有志が整備したもの。
塩の草から笠石・上田代までの古道と薄葉沢の滝巡り
マップには塩の道ハイキングコースの見どころも掲載している。(常陸太田市HP)
マップはA3判の八つ折タイプ。1万5千部を作成。
紙でのマップの配布は、常陸太田市役所里美支所、里美ふれあい館、道の駅さとみ、道の駅ひたちおおたなどで配布している。
紙製マップは限りがあるので、あらかじめダウンロードすることをお勧めする。
駐車場
旧道を活用したハイキングコースなので公設駐車場は無い。
塩の道ハイキングコース入口の様子
ハイキングコース入口までは2車線道路が整備され、行き止まり面に2・3台程度の余裕がある様子。
常陸太田市HPでは路上駐車の案内をしているが、
近隣の半径約1km付近の施設の駐車場を利用する手段も一考あろうか。
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問い合わせ先
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旧上岡小学校
明治時代に建てられた木造校舎で、古き良き時代の懐かしい雰囲気が今も大切に守られています。
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