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所在:小美玉市川中子字城ノ内
園部川が霞ヶ浦に注ぐ河口の西側微高地に所在し、付近には古墳も有る事から早くから交通拠点とされていた可能性が考えられる。
中世期は玉余(玉里)郷に属し、大枝郷と玉余(玉里)郷との境目に位置した。
永享年間には、川中子の地名を名字とする冨有人が史料に現れていることから、
この冨有人の屋敷(館)跡と推測される。
■航空写真(1947年米軍撮影)
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城館推測 :明治迅速測図
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小美玉市田木谷に所在。
県道石岡紅葉線(144号線)のバイパスとして、
取手山館跡のほぼ中央部を貫通する形で、小美玉市道・田木谷上玉里線が整備された。
今回の玉里鳥出館跡(取手山館跡)の発掘調査において、
これまでの伝承・評価を覆す事実が明らかになった。
① 三度の改築跡
② 土塁下に通路がくぐり、堀を利用した連絡路の形成
③ 大量の鉄砲玉が出土、及び鉛玉の精製痕のある石塔の出土
④ 女児の頭部骨片が出土
明治迅速測図: 園部川旧河川を挟んで、右中部:園部城、左下部:玉里鳥出館。
道路工事中の様子:地面露出している箇所が今回の玉里鳥出館発掘箇所。
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名称:柴崎大堀遺跡
所在:つくば市柴崎字大堀
発掘主体:茨城県教育財団
期間 : H26〜
北部には、上野古屋敷遺跡。
南部には、金田城跡、そのさらに南部には花室城跡、上ノ室城跡と続く舌状台地を断ち切るように、
薬研堀が続く。
↓遺跡遠景(西側から ○印が今回の調査区域)
文・写真:茨城県教育財団HPより。
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岩間上郷堀の内館跡(仮称)
笠間市上郷地区に所在。
旧岩間町上郷地区内にあるが、早くから城館遺構などは少ないらしく、 岩間町史などでも土地法典による地籍名などから、堀の内遺構の推測を行っているほど。
なお、1960年代以降の耕地整理により、遺構および古道もほぼ壊滅。
明治迅速測図より 現在の状況:(赤線内は該当推測地)
なお、付近には「御正作」などの字名が存在したことから、
中世初期早々に地頭経営の拠点となったことが予想される。
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岩間下郷堀の内館跡(仮称)
笠間市下郷地区に所在。
旧岩間町市街地内にあり、市街地化が進んでいる。
明治迅速測図より 現在の状況:(赤線内は該当推測地)
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