常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

城館推測 :明治迅速測図

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高野浜城跡(石岡市東田中) 〜国道6号バイパス関連工事前の航空写真を使って〜

国道6号千代田石岡バイパスが、高野浜城跡近辺を通過する予定であり、
バイパス通過予定地では着々と発掘調査および道路建設工事が行われている。

高野浜城跡付近での発掘調査が初期の段階での航空写真が利用できたので、
この機会に、6号バイパス通過前の高野浜城跡の姿を見ておきたい。

赤線囲い部分が、字「木戸口」。
黄色帯が、6号バイパス予定経路。
青線囲いが、「北山遺跡」として発掘調査された箇所。
写真下部の集落が、高野浜城跡本体となる。

イメージ 1





















推定小川街道(現:国道365号線)との位置関係

赤線囲い・・・高野浜城跡(字「木戸口」含む)
黄色帯・・・・・6号バイパス予定路線
水色線・・・・・推定小川街道

イメージ 2































『八郷町の地名』を参照し、
石岡市大増地区の字「古舘」を赤線にて示した。(写真上部が北。)
水色線は、笠間方面へ抜ける旧街道を示す。

写真下部から、旧道筋に、「戸城」⇒「宿尻」⇒「下宿」⇒「中宿」⇒「荒宿」と続く。

「中宿」で旧道が北に折れ、「荒宿」を通り北上する。

写真下部の小山は、大増城跡。その麓の「中宿」には顕徳院が位置する。
古尾谷氏の菩提寺と言われる正法寺へは、「中宿」から西側の「上宿」を通り西側山面へ向かうことになるが、
笠間へ向かう旧道は、「上宿」を経由しない点が江戸時代の大増宿形成のポイントになるだろうか。
イメージ 1

































茨城県茨城町に所在する、小幡城跡の関連城郭施設と思われる、前新堀遺跡および前新堀B遺跡は、
何を防衛するための堀・土塁なのか。

前新堀遺跡および前新堀B遺跡の発掘調査書では、


前新堀遺跡 ⇒ 江戸期の陸前浜街道(現在の6号国道)の前身にあたる街道の閉塞土塁

前新堀B遺跡⇒ 小幡古宿に至る旧道に沿った土塁

との見解が示した。

実際、前新堀遺跡は、現在の6号国道線(旧陸前浜街道)と交差しており、街道封鎖を目的と認識しやすい。

が、 前新堀B遺跡は前新堀移籍より小幡城に近い立地に存在するがそれをどのように理解すべきか。

一つ、新旧関係にあるとの考え。

次に、併存して構築されたとの考え方があろう。






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