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そのむかし、事情がある他人(家族以外の友人や知人)を 一定期間ではあるが、夫と私の家に住まわせていたことがあった。
一人で暮らすようになってからは、Bちゃんという若い女の子を家に置いていたこともあった。
それから10年経ち、また、ある専門学校に通うために九州から来たCちゃんという子を預かることになった。
どうしてそんなことになったのかというと、かつて私が何度も他人を家に住まわせていたのを知っている友人が、きよりはそういのが平気な人なんだという認識を持っていて、それならば・・・と相談を持ちかけてきたのがきっかけだった。
ほんとはそんなに 「平気」でもないんだけどね。 基本ひとりが好きだし・・・
OKを出したのは、現在部屋が一室空いていること、預かる子がもう成人しているしっかり者の女の子だと聞いたのと、「友人の彼女の友だちの教え子」という、あいだに何段階も入る赤の他人だからこその責任のない気楽さからだった。
アルバイトで生活費を捻出するというCちゃんにとって私の家は、多少気兼ねしたとしてもアパート暮らしをすることを考えたら格段に安い家賃で、しかも学校には徒歩で行ける距離というのが好条件だったろうし、私のほうもある程度のわずらわしさを覚悟しても家賃収入があることで生活が少しだけ潤うという、お互いの利害が一致したというのも大きい。
そして彼女が専門学校を卒業するまでのまる2年間、私が住む部屋を提供するかたちで一緒に暮らした。
私は下宿のおばさんの役目はできない、干渉するのもされるのも嫌い、平日は夜遅くにしか帰らない、お風呂や洗濯機やキッチンは自由に使っていいから私のことも気にしないで、と言っておいたので、二人の2年間の生活はとても順調に過ぎていった。
お互いの大雑把なスケジュールを把握しておくこと以外、決まりごととしてはたったひとつ。
突発的に夜11時を過ぎても帰れないときはラインで連絡を入れてもらうことだった。
いちおう私が「預かっている」という立場なので、そこは最低限の責任かと思ったのだ。
それでなんのトラブルもなかった。
時たま家にいる時間が合致すると、一緒にご飯を食べたりお喋りしたりして仲良くできた。
Cちゃんの明るい性格に加え、目標に向かって頑張る姿が日々の様子から伺えて好ましく思えたし、なんといっても若さというパワーは凄い。
一緒に笑い合っていると、このまま生きていていいのかという脅迫観念だけでワーカホリックになっていた私をその時間だけ正気に戻してくれた。
本当にその頃の私はちょっとおかしかったのだ。
もしかしたらそんな私に一石を投じようとして、友人はCちゃんを送り込んできたのかなと思った。
正直言って、Cちゃんが去ってひとり暮らしに戻れたときは心底ほっとして嬉しかった。
楽しく刺激的な日々ではあったけれど、やはり他人と暮らすことを煩わしく感じていたのだと思う。
けれども、Cちゃんという他人が来なかったら、自分は今もワーカホリックのままで精神を病んでいたかもしれないとも思い、結果として彼女を受け入れて良かったのではないかと考えている。
彼女は今、九州に帰って専門学校で学んだことを活かして仕事の幅を広げているが、毎年二度ほどこちらで研修会があるらしく、先日も「お世話になります。泊めてくださいね〜」とやって来た。
長い付き合いになりそうだ。
だんだん「他人」とは思えなくなるのかな。いやもうすでに思ってないかも。
考えてみたら夫だってはじめは他人だったのだ。
今も「身内」かどうかわからないけどね。
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あたしは、家族もみんな他人とおもってます。
他の人。
実家の親や姉妹は、よその人とおもってます。
2019/6/12(水) 午前 9:19
ゆまりんさん、確かに自分以外はみんな他人ですね。
「身内」とか「身内以外」とか「家族」「親族」とか、血縁や婚姻制度で人を区切るのってよくないかもです。子どもは自分の分身ではないし、家族がいちばん「他人」に思えるってこともあるし。
私の場合それが母だったんですけど、今まで生きてきて身近に接してきた人の中で一番分かり合えない人というか・・・
それに鍛えられたからイザとなったらどんな人とでも一緒に暮らせるように思っています。
2019/6/12(水) 午後 1:26
「Bちゃん」という人、前に聞いたことがあるような気がします。最近、記憶についてはこんな調子なんです。ごめんなさい。
私は独我論者ですので、他人の心は見えませんが、言葉で伝わってくることはそのまま受け止めています。誰とでも一緒に居れますが、空気にような存在の人がいいですね。多分私も空気のような存在になると思います。
2019/6/12(水) 午後 6:36
私は人と一緒に暮らすのは、あんまり好きじゃないです。出来れば避けたいくらいかもしれません。
妻と一緒に暮らしていますが、まぁそれは結婚したのだから仕方ないとして…。
今年の春から、二人いた子供たちもそれぞれ大学生となって他所の町に暮らすようになりました。
そうなると、妻と二人きりで妙に家の中ががらんとした感じになりました。
う〜ん…実の息子たちとはいえ、家を出てくと、あぁもう違う人間なんだなぁ…と思うようになりました。
2019/6/12(水) 午後 11:39
他人と暮らす…となると生活風習も違うし、きよりさんの記事のようにうまくいけばいいですが、普通は何らかの束縛や遠慮が出てくるような気がします。特に私はその辺、気にしぃなので、人がいるだけで参ってしまいそうです。
2019/6/12(水) 午後 11:42
凡人さん、私も空気のような存在です。
2019/6/13(木) 午後 10:07
ゲッコーさん、一緒に暮らすのと離れて暮らすのとでは、自分との距離感も違ってくるんでしょうかねぇ・・
2019/6/13(木) 午後 10:10
ゲッコーさん、人と暮らすのっていろいろ大変ですよね。
私は人を受け入れることには慣れてきていますが、受け入れてもらう立場だったら、そんなにもたない気がします。若い頃は大家さんが近くにいる個室のアパートですら避けていましたから。
監視されていると感じるともうだめです。
だから受け入れる時の心構えは「放っといてあげる」と「細かいことは気にしない」です。
私自身の生活上の「こだわり」もその時点で捨てます。そうじゃないと相手の生活習慣の違いばかりが気になってイライラしたりして自分が苦しむから。
傍に人がいるだけで、気配がするだけで落ち着かないという性分だったのですが、他人を受け入れて暮らすことを何度も経験して、他人の習慣に淡白になるコツを覚えました。
2019/6/13(木) 午後 10:24
1:47の内緒さん、それはそれぞれ全然違うと思います。
心構えとか家の間取りの条件とかで変わってきますよね。
私は一緒に住むといっても共有スペースの他に、それぞれの個室がないと無理なんです。
夫と共有できる範囲とそうでない範囲、私とちょっと似ています(笑)
2019/6/13(木) 午後 10:28
BちゃんCちゃんとの暮らしは、シェアハウスみたいな?
2019/6/17(月) 午前 9:00
ゆまりんさん、うーん、Cちゃんとの暮らしの形態はシェアハウスに近かったかもしれないけど、Cちゃんにとっては「ホームステイのお宅」という感覚なのではないかと思います。
Bちゃんとの暮らしは完全に私が保護者で彼女は被保護者かな。(精神的に危ういBちゃんを私が声をかけて呼び込んだ経緯があるから。)Bちゃんは自分のことを居候と思っていたようです。
Bちゃんのときは、Bちゃんの実親が私より一世代上だったので、Bちゃんは私をうんと年上のお姉さんとして頼れたのかもですが、Cちゃんの親は私と同年代らしかったの。
それで、自分が幼稚なので比べられて呆れられているのでは?と思いましたが、Kiyoryさんは親ではないから大丈夫と言っていました。なにが大丈夫か分かりませんが、しっかりした子です。
2019/6/17(月) 午後 9:58