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極めて個人的なことだが、あれ?こんなはずじゃなかったのに・・・と思うことがここ最近多くなった。
というか、以前とは違う自分に最近気が付き始めたと言うべきだろうか。
たとえば、朝起きてから出かけるまでの時間がすごく長くなった。
出かけるギリギリまで寝ていて、顔洗って髪梳かして、化粧はせず、ご飯も食べずに飛び出すまで10分も掛からなかった若い頃と比べるつもりはないけど、わずか数年前までは朝起きて出発まで一時間あれば、洗面と化粧、着替え、洗濯機を回して、コーヒー淹れて、簡単なお弁当を作って朝食も食べられた。
それが今では最低でも一時間半ないと同じことが出来ない。それですら余裕がないと感じる。
一体なにが違うのだろう。
それから、私の趣味のひとつに読書があるのだけれど、2週間に一度図書館から10冊本を借りることを習慣にしていた。速読なほうなので以前ならそのくらいはすぐ読んでしまって、その他に買ってきた本などを時間を見つけては読んでいた。
それが最近、その10冊すら2週間で読みきれずに返却することが多くなった。
老眼はそんなに来ておらず目が疲れるという実感はないのだが(そりゃあ若い頃のように12時間ぶっ続けで読んでも平気ってわけじゃないけど)、なんとなく読む気が起きないのは何故だろう。
読み切れずに返却しても、まるで手付かずでも、再度借りようという気が起きないのも変だ。
もともと乱読のほうだけど、最近ますます本の選択に一貫性がなくなっているのも自分で気になる。
情熱とか夢中になるという気持ちが薄くなってしまったんだろうか。
ちなみに最近読んだ本(手元にある分で、このうち半分は図書館から借りている)
・久世塾 久世光彦
・貧困の光景 曽野綾子
・静かな爆弾 吉田修一
・アメリカの鳥たち ローリー・ムーア
・惑いの森 中村文則
・帝国の慰安婦 朴祐河
・歪む社会 安田浩一×倉橋耕平
・歴史修正主義とサブカルチャー 倉橋耕平
・奥様は愛国 北原みのり・朴順梨
・日本の反知性 内田樹
・アート・ヒストリー 大野佐紀子
感想を書いてみたいという気持ちは、書かないにしろ以前はあったが、今は湧いてこない。
読みっぱなしでどんどん忘れていく。内容が酷なものが多いから忘れたいのかもしれない。
かといって楽しい本も読めなくなっている。じっくり味わう文学作品も読めない。
変わらないのは夜更かしの癖だけだ。
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2019/6/18(火) 午前 6:12
読書の仕方は変わるかもです、経年で、というか。
あたしは最近新しいものを読むのが苦手っぽいです。
2019/6/18(火) 午前 8:04
「2週間に一度図書館から10冊本」私には考えられない世界です。
最近、たまに本を買うようになりましたが、いつまでも読み止しのままです。
2019/6/18(火) 午後 6:42
つるつるさん、どうもです
2019/6/19(水) 午後 10:42
ゆまりんさん、読書の仕方は経年で変わる・・・ああ、そうなんでしょうね。
私も新しい分野にはなかなか手がのびなくなったような。
かといって、ちょっと前までは昔読んだものを再読ばかりしていたのに、今はそれもしてなくて、
自分が何を求めているのかもわからなくなりました。
2019/6/19(水) 午後 10:46
凡人さん、私も読み止しのまんま終わるということが多くなりました。
特に評論、学術系は読み始めはワクワクするんだけど、後半は飽きるか、もしくは理解不能になって投げ出してしまうかです。
以前より明らかに辛抱が足りなくなっていると感じます。
2019/6/19(水) 午後 10:55
私も図書館のヘビーユーザーで、週末は図書館に行って鞄いっぱいの本を借りてきます。10冊を超える時もあるし、あまり食欲がなくて4〜5冊くらいの時もあります。
たらふくの本を積み上げてパラパラ捲りながら、さぁどれから手をつけようか…なんて舌舐めずりしている時は、ある意味私にとっての私服のとき…いや、まぁ確かにたいていそういう時は私服ですが、至福の間違いでした。。。
ただ私は元々そんなに速読の方ではないし、週に3〜4冊くらいがペースだったかなぁ…。これがやっぱり落ちてきています。
2019/6/22(土) 午後 9:08
一つには、老眼?。いわゆる近いものが見えなくなったというよりは疲れやすい、焦点速度が遅くなった。ちょっとぼやける気がする時もあります。
あと、悲しいかな集中力みたいなのが落ちてきている。長い時間没頭することが少なくなってきています。
スティーブンキングの長編とか手に取ったら、若い頃には分厚いステーキが目の前でジュウジュウ音を立ててるような気がしていたのに、今は読みたいけど長いなぁ…重いなぁ…と感じるようになってしまいました。
2019/6/22(土) 午後 9:13
20年くらい前、母が、集中して本を読めなくなったと言ってました。読みながら他のことを考えたりして気づくと目が止まってると。
それ聞いたときはふうんとおもっただけでしたが、最近あたしもそういうことあります。本を読んでるんじゃなくて見てる、みたいなこと。
2019/6/23(日) 午後 3:33
ゲッコーさん、同じ図書館で並んでる本も大して代わり映えしてないのに、これもあれも借りて読みたい!と思う日と、借りたい本がないと思う日があるのは何故でしょうね。本の入れ替えが激しい大型書店に行っても、なんにも食指が動かないことってあります。
反対に読みたい本が何冊も手に入った時というのは、家に帰って読むのが待ちきれなくて近くの喫茶店に飛び込むとか、家に帰って着替えもなにもホッタラカシでそのまま読み始めてしまう、で、違う本も読み始めて、ああどれから読もうかと悩むのは私も私服、いや至福のときと言えます。
2019/6/23(日) 午後 10:45
ゲッコーさん、すぐ疲れちゃって長時間読めないとか、没頭できないのは老眼のせいなのか、脳の劣化のせいなのか。齢のせいにしていいのかな。
これからこういうことがもっともっと起こってくるとしたら、そういう自分を受け入れて、妥協したり楽しんだりしていくことも必要ですね。
スティーブンキングの長編のくだりは私も全く同じことを感じています。
だってますます長くなってませんか、最近のやつ。大好きなのに手が伸びないの。
2019/6/23(日) 午後 10:56
ゆまりんさん、読んでいたはずなのに気が付いたら何も頭に入っていないことが時々あって・・・
そうか他のこと考えてたんだ。
というかぼーっとしてるだけなのかも、私は。
若い頃に聞いた年配者の言っていたことって、その時はぜんぜんわからなかったけど、今になってからああ、そういえば・・・って思い出すことありますね。
2019/6/23(日) 午後 11:06
何かの本で、故 植草甚一氏が神保町の帰りに喫茶店に寄って、戦利品をパラパラ捲るのが習慣だった…みたいなことを読みました。
読んだ時に、おこがましいですが同志に出会ったような気持ちになりました。
こういうのは、本好きとって共通の至福の時なのだと思います。
2019/6/24(月) 午後 11:10
きよりさんが、10冊あげられていた本はどれも読んでいませんが、吉田修一、内田樹の著書は読んだことがあります。内田氏の「日本辺境論」という本を読みました。また内田樹氏のブログはときどき見ています。内田氏の教育論には共感することが多いです。
速読ができるそうですね。わたしは、速読に向かない本を読むことがが多いです。物理や数学の本は、速読には不向きです。もちろん速読して内容が理解できたらそれに越したことはないのですが。
最近は、昔よく読んだ片岡義男の小説を再読し、昔と今の感想の違いを楽しんでいます。かつては☆三つだった小説が、☆二つになったり、☆二つが今読むと☆三つになったりしています。
2019/6/25(火) 午前 0:31
ゲッコーさん、神保町と喫茶店ってセットですね。
私は5、6分歩けば家に帰れるのに我慢できなくて、本屋から10歩で行ける喫茶店に入ったことがあります。どんだけ〜って自分でも呆れます。
2019/6/25(火) 午後 11:51
ファノンさん、日本辺境論は面白かったですね。内田氏のブログもときどき見ます。
教育論はなるほどそうだったのかと思うことが多いです。ファノンさんは教育現場にいるから尚のこと共感するのでしょうね。私は彼の身体論に共感してしまうんです。
速読だと書いたのは、すぐ読めるような本を表面的にさっと流して読むことしかできないという自虐ですよ。
ファノンさんのように数学や物理の本なんて読まないし、たとえじっくりゆっくり読んだとしても内容を理解するところまでいかないことでしょう。
片岡義男は全く読んだことがありません。ファノンさんが昔から読んでいるなら読んでみようかな。
かつての評価と今の評価が逆転するのはおもしろいですね。私は映画でよくそういうことがあります。
2019/6/26(水) 午前 0:16