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煽っていました

前に書いた限定記事 『がまんできない』 に、以前他のサイトで自分の記事が炎上して傷ついたとか、
議論なんてまっぴらみたいなことを書きましたが・・・
今日CDを整理して、その時の投稿文書が見つかりました。
どこかに取っておいたはずだと思っていたけど、探したらやっぱりあったのです。
そして読んで驚きました。 これ、完全に自分から煽っているじゃないですか。
それが下記のものです。 被害者ヅラしてすみませんでした。
 
********
 
「らしさ」なんかいらない
 
「ジェンダーについて」の男らしさ、女らしさをめぐる、前半の方たちの、あまりに時代錯誤的で保守的な考え方に驚いたので、改めて投稿させていただきます。
 
■■さん、男女の役割を固定化できなくなった社会だからこそ、この問題が発生している事実をもう一度考えてみてください。「できる女には(社会的仕事を)やらせてあげる」の「あげる」とは、あなたの何を持って言っている言葉なのか、説明してほしいです。
 
■■■さん、■さん、■■さん、お互いのよいところを認め合った上での平等に関しては賛成ですが、あなた方の判断する「女らしさ」が、そのことを「元々の」とすることによって、それに当てはまらない多くの人たちを切り捨てる結果になり、また今後の男女の可能性を否定することになりかねないことは、ぜひとも認識してほしいと思います。
 
■■さん、「フェミ女」って私のことですか。何が言いたいのか分からないので明確にしてください。
 
 
確かにジェンダーという定義づけは、それだけでさまざまな論議があるので、この問題自体とても難しいものだと思います。私個人は、ジェンダーを「セックス(生物学的な性差)」と違う、「社会的に創出されている性差」と解釈しています。男女には生物学的に固定された差異があるのは当然と思いますが、この差異を重要なこととするか否かは、社会がその違いを重要だとする限りにおいて重要なのであって、重要でないとするなら重要でなくなる。つまりジェンダーとは、その社会が持つ価値基準によって変化するものだと思っています。
 
「男らしさ」「女らしさ」というのもジェンダーです。
時代によっても変わるし、その社会環境によっても変わってきます。
 
女は「子を生む性」としての位置づけから、それにまつわる役割分担を担ってきた歴史があります。それは社会から求められていた分担であり、この、女が背負ってきた役割から「女らしさ」という概念が生まれたともいえます。育児や家事の能力は、女の本能として認識されてきました。母性という枠の中で培われてきたジェンダーです。
「男らしさ」には、強さやたくましさが、「女らしさ」には優しさや美しさ、心の細やかさといった意味づけが与えられています。
「女らしい」ということは、かよわさにつながり、男に甘える依存的な存在として象徴されている概念でもあります。
 
はたして本当にそうなのか、という疑問が生まれたのが現代に入ってからです。女性の社会進出は、これまで女が家の中という枠から外に向うことをタブーとしていた社会が、生産性の向上という大義名分の下でそれを望んだからにほかなりません。従順で安い労働力としてとして確保できることが都合がよかったからで、自分勝手な女が無理やり社会に出て、男の領域を奪って働き始めたのではありません。
そしてここに、今までなかった問題が発生し始めたのです。
 
女は物心がついた段階から、社会が求める女の子とはどういうものであるか、どんな風に振舞えば異性や社会に受け入れてもらえて、また自分自身の利益になるのかを 無意識的に学習していると思います。長い長い学習期間は、生涯を通じてこれが本来の女の生き方なのだという、自分を納得させる論理に摩り替わっていきます。
また、男性はそれらの女性たちを見て、やはり女とはそういう性質を持ったものなのだと納得することになります。そうなると、そうではない人たちへの差別意識が出るのは当然の結果です。
「男なみ」に頑張っている人を見れば、「女だてらに」とか「女のくせに」と思うようになります。
逆もまたしかりで、「男らしくない」男性は軽蔑の対象になっていきます。
 
控えめ、従順、謙虚、ものごしの柔らかさ、気遣い、協調性、愛情深さなど、女性が社会に適応していくためには、「女らしく」あることが必要とされているのに、その一方で、身につけてしまった女らしさゆえに、社会では一人前のとして認められないという矛盾を突きつけられる結果になります。
男なみの能力で、しかも女らしくという要求が、いかに大変で不合理な要求であるかは、働いた経験のある女性なら嫌というほど味わっているはずです。
「女らしさ」「男らしさ」という社会的強要は、ひとりの人間として生きていきたい者にとって、耐え難いものになります。
 
私は「女らしさ」「男らしさ」という概念は、社会が作り出した幻想であると思っており、これが「自分らしさ」という言葉に置きかえられるようになるための、もっと言ってしまえば「らしさ」なんていう言葉がなくなるような方向のジェンダーフリーを考えていけたらいいと思っています。
完全なるジェンダーフリーは不可能かもしれない。
けれども、不可能だからジェンダーフリーにまつわる改革は無駄なことだとか、男と女はもともと違うのだからという意見には賛成しかねます。何が違うのかは、まだまだわからないからです。
 
体力差についても、フルマラソンなどは、つい30年前までは女性の体力では無理なこと(ある特殊な、能力のある女だけには可能)とされてきましたが、今そんなことを言う人は誰もいません。
つい60年前までは、女には選挙権すらなかったのだという事実を 改めて考えてもらいたい。
60年前というと、大むかしな気がするかもしれませんが、ついこのあいだまでは、まだ参政権獲得のために頑張ったおばあちゃんたちが生きていましたから、そんなに遠い昔話ではないのです。
それまでは、いや、それ以降も、恐らく女が選挙権を勝ち取ってもなお、それが社会の常識として受け入れられるまで、女が政治に参加ことすら女らしくないことであったのです。
今では女性の政治参加は、女らしいとか、らしくないという考え方の枠の外にありますね。 学問も同じです。それがジェンダーだということです。
 
だから、ジェンダーには矛盾があって当然なのです。
私だって矛盾だらけです。
今の社会で、女であることや男であることの恩恵を受けることや、「女らしさ」という社会的強要に抵抗しながらも化粧をしたり、綺麗な下着を身に着けたりすることは当然なことだと思っています。
それもジェンダーだからです。
こんなのっておかしい、くやしいと思いながら、レディースデイを利用しているじゃないかと言われて口をつぐまなければならないとしたら、それこそおかしい。
原発に反対するなら電気を使うなとか、地球環境保護のことをちょっとでも言うなら車やバスに乗るなと言われるのと同じです。
決めつけることなく、あきらめないで、あらゆる可能性を試してみてはいかがでしょうか。
大いに考えて議論しましょう。
2005.3.28
 
************
 
なんだか凄く怒っていて、反論どうぞ、受けて立ちます!みたいな勢いです。
この頃の私は元気だったんだと思います。
 
今の私は、この内容について議論する気持ちになれません。
 
コメント欄も初期のものはテキストに落としてありましたが、後半のやり取りまでは保存していませんでした。だからどんなふうに終結したかわからず、自分も忘れてしまいました。
 
この投稿に対しての最初の頃のまともな反論としては
「女らしさ」と言われるものの負の面をことさらに強調し、社会的な性差が生じる要因に言及しないままに生物学的な性差からの隔離を試み、他者の意見を時代錯誤と批評し、極論を持って自己矛盾を正当化している。
といったものでした。
 
まともじゃない反論は・・・・ ま、いいや。
 
 
頑張りましたが、負けたんだと思います。たぶん・・・
 
 

じわじわと

東日本大震災から8年が経ち、あの時声を上げられなかった人たちが、今になってやっと悲しみや苦しみの感情を言葉にすることができるようになってきたという姿を映すTVの特番を観て、やはりそういう人は多いのだろうと、その歳月の重みに改めて感じ入ってしまった。
 
絶望的な痛みや悲しみの類は、その瞬間には言葉にならないほど大きなものだと思う。
いま言葉にする感情も、このあと5年、10年、20年と経って、徐々に癒えることがあるかもしれない。
だが、その時の感情の記憶は、生涯にわたって消えることはないのだ。 

元気に行動していても、楽しそうに笑っていても、心の奥のほうでじわじわと深まることもあるだろう。

リセット人間

以前勤めていた会社に、Nという28歳の男の子がいた。
28歳の男性を「男の子」と言うのは、私からすると自然なことなので許してね。
 
ところでそのN、当時の私には理解不能な、何とも不思議な人物だった。
と言うのは、彼とは「人間関係を築く」ということが不可能だったからだ。
 
Nとは言葉が通じない(共通言語を持たない)というわけでもなく、一緒にチームを組んで仕事もしていたから、仕事の件で共に悩んだり怒ったり喜んだりしてきた。
 
普通、人というのは、こういうことを積み重ねて徐々に親しくなる、あるいは馴染んでくると言うか、次第に関係の緊張が解けてくるはずだと思っていた。
 
ところがNは、私のそういう思い込みを見事に覆してくれた人物だったのだ。
 
何故なら、前日に二人っきりで何時間も私的な会話をして、私としては凄く親密になれて、気持ちが通じ合い、友情すら芽生えたかのように感じているのに、次の日には、まるで初めて私と会ったかのような態度を取ってくるからだ。
 
あれ?と思う。
 
昨日のあの親しげな表情、人生を語り、夢を語る彼の昂揚とした片鱗すらない。
私は最初、Nは私的な自分と仕事における自分というのをはっきり分けている人なんだなと思った。
 
ところが、仕事が終わった後で笑顔を向けても、話しかけても、全く隙を見せない様子である。
なんか私、彼を怒らせちゃったのかな、と、思い当たることを探してみたけれど何も思い浮かばない。
途方に暮れる。
 
 
別の日、何かのきっかけでNに話を振ると、彼はいきなり饒舌になって、もう帰りたいんだけどな・・・と私が思ってもなお、何時間でも会話を続けたがる。
「楽しかったね。」 「うん、またあした。」 と言って別れる。
そして次の日・・・
 
昨日のことは無かったかの如く、私を初めて顔を合わせた人のように見る。
ああ、またリセットされちゃったと思う。その繰り返し。
 
人され我
一度、楽しく会話をしている時にこのことを訊いてみたことがあったのだが、Nは私が言っていることがよく理解できない様子だった。
 
私はNを 「リセット人間」 と呼ぶことにして、もうあまり関わらないでおこうと思った。
 
 
***
 
実はその後の私の人生において、この「リセット人間」のような人に結構な頻度で出会うことになる。
とちらかというと理系で、男で、いわゆる「おたく」の人に多いように思う。


ただし、私には理解不能だが、彼らはけっして人間関係をリセットしている気はないらしい。
なぜなら、その後Nは結婚したし、その相手からNが「きよりさんのことはすごく信頼している。」と言っていたと聞いたからだ。
 
もうびっくり。 なんなんだろうこの違和感は。
誰か彼らの気持ちが分かる人がいたら解説してほしい。

無言の嘘

嘘つきとはどういうことか。
明らかに嘘と判っていることを言うのは嘘つき。
では、本当のことを言わないのは嘘つきか。
 
 
小さな子供の頃、私はおしゃべりで、しかもよく嘘をついた。
嘘つきはどろぼうの始まりとか、寓話の狼少年の話を聞かされて、嘘をついてはいけないことを教えられたが、
私は母親に叱られないための言い訳によく嘘をついた。
すぐに見抜かれる嘘が大半だったから、嘘をついたことでまたこっぴどく叱られた。
では正直に話せば赦してもらえたかというと、残念ながらそうでもなかったが。
 
少し大きくなるにつれ嘘をつくことが嫌になってきたのは、母の教育や寓話による教訓を学んだからというより、嘘をついても自分の気持ちはちっとも楽にならない、むしろ苦痛になる行為なのだと気づいたからだ。
なるべくなら嘘をつかないで正直に生きたいと思った。
 
しかし、まるきり正直でいるというのは、いくら子供であっても至難の業だ。
利己的な目的でつく嘘や、やったことをやっていないと言うような嘘は悪いことだとわかりやすいが、自分の気持ちに嘘をつかず正直に・・・となると話は別だ。
正直に思った通りのことを言えば、母を怒らせるだろうことは何となく予想がついた。
というのは、すでにその頃私自身、本当のことを言わず、自分の意に反して嘘をついているほうが上手くいくことが沢山あるということを学んでいたからだ。
 
嬉しくないのに嬉しいと言い、嫌だけど嫌じゃないフリをする。
要するに嘘でも大人の気に入るように振舞えば「素直」とみなされ、むしろ誉められ、「よい子」の称号を手に入れられたのだから。
 
私はだんだん、自分の感情や意見を表現する時、人の顔色を伺うようになってしまった。
自分がどう思うかより、相手が自分の言葉にどう反応するかのほうを先回りして考えて言葉を選ぶようになった。
よく「素直じゃない。」と言われたけれど、私にとって嘘をつくなとは、同時に本当のことは言うなと同じだった。
そして今度は「子どもらしくない」と批判された。
これは子どもの私にとって、とても傷つく言葉だった。
 
だから私はあまり喋らなくなった。
嘘はつかない代わりに黙っていることにしたのだ。
心の中でどんなことを思おうが考えようが、それを人前で表現しなければどうにかなった。
喋らなければ嘘つきにならない。
 
大人になって、「天然」とか「変わり者」という便利な人柄を演じることが出来るまで、本音を隠すためにずっと笑顔でいるという技も身につけた。
これらの癖は今でも残っている。
 
しかし、黙っているのは嘘の内にはいらないのだろうか。
 
 
 
**********
 
  
これは書きかけのまま書庫の中に入っていたものを引っ張り出してきたものです。
2008年3月・・・たぶん続きも書こうと思っていたのでしょう。
でも今も書けないのでこのまま載せました。
 
ちなみに「書きかけ」 をたくさん見つけました。
どれも中途半端に自虐的で、今も引きずっているものばかり。
あ〜あ、自分あんまり変わっていないなあとしみじみ呆れました。
 
ただ、「年月」ってこういうことか! と思ったのは、たぶんその時は躊躇して公開できなかったものも、
別にいいや、面白いからそのまま載せちゃおうと思うことです。
 

敵わない人

私は、母ほど天真爛漫で正直で子供っぽく、美しく華やかで人を惹きつけ、そして残酷な女性を他に知らない。
 
小さい頃からずっとお山の大将で、ほとんど「負け」を経験していない世間知らずな母は、自分の子供が優秀じゃないのがどうしても理解できないらしかった。
優秀であるというのは、他の子供に比べて突出して秀でているということである。
母は「みんなと同じ」というのが大嫌いだった。
だから服装や持ち物でも、「自分らしく個性的」と思うものを身に付け、子供にもみんなと同じもの
(お揃いのもの)を持たせなかった。
 
いっぽう私は、人より特別に秀でているところなど何ひとつ無いと同時に、人と違うことも目立つことも好まず、「普通」に憧れ、「みんなと同じ」を望む子供であった。
そこそこ勉強が出来て、そこそこ絵が上手で、そこそこ歌が上手い、そこそこの○○。
でも母は「そこそこ」というのが不思議でしょうがない人なのである。
 
「あなたってホントに地味ね。」
「ああ、どうしてこんなことも出来ないのかしら。信じられないわ。」
「なんでいつもバカみたいにヘラヘラしているの?」
「人の顔色ばかり見て子供らしくない子ねえ。」
「あなたには向上心ってものが無いのね。」
 
母は私を見ているとイライラするとよく言っていた。
 
 
***
 
私はクラス対抗リレーに選抜されるくらいのレベルで、そこそこ走るのが速かった。
小学校4年の秋、運動会の徒競走で2番だった時のこと。
 
母 「どうして1番じゃないの?」
 
私 「だって私の組にはマキちゃんがいたから・・・マキちゃんは学年女子で一番速いんだよ。」
 
すると母
 
  「じゃあ、マキちゃんより速く走ればいいのに。」
 
 
え?・・・・・・
 
私はこの時、あたまが真っ白になって時間が止まったように感じた。
 
−敵わない−
 
子供だから言葉は違ったかもしれないが、心底そう思った。
こういう人には敵わない。こういう人には変に逆らったりしたら大変だ。あんまり近づかないでおこう。
 
かくして私は、ますます母から距離を置き、ますます内に篭もるようになり、ますます地味になった。
母も私を「理解できない子」「変わった子」として扱うようになった。
幸いにして弟が「優秀」だったので、愛情の対象は真っ直ぐ朗らかにそちら中心に注がれた。
 
 
***
 
母は褒められて育った。だから性格がひねくれていないのだと自分で言っていた。
でも褒められたのは自分が“褒めらるような子”だったからと思っているところが、信じられないくらい傲慢だった。
そしてその傲慢さが逆に人を惹きつけた。
天然なので計算高くないところや、常識に拘らない自由奔放な発言や行動が、他人から見ると非常に新鮮で可愛らしい。子供の私でも、思わずプッと吹き出すような無邪気さを持つ。
嫌う人も多かった代わりに「取り巻き」のような人たちにいつも守られていて、女王のようだった。
容姿も美しく、いつも綺麗で華やかな服装をしていたから余計にそう見えた。
母は多くの人に愛された人だった。
 
 
私は母が眩しく羨ましくもあったが、軽蔑もしていた。
誇らしく自慢に思いながら、恥ずかしくて大嫌いだった。
 
でも母を疎み、母の悪口をいう人のことは何故だか赦せなくて、悲しく思った。
 
 

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