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文字通り、宣教学の視点から、福音と現代について語る研究書。
最近、有名な格言"Extra ecclesiam nulla salus est"(「教会の外に救いなし」)について知り合いと議論したのだが、その意味の変遷についてもコンパクトにまとまっていてわかりやすい。
つまり、オリゲネスや聖キプリアヌスの語られ方と、聖アウグスティヌスの語られ方、またそれ以降ではニュアンスが微妙に異なるということ。
もっとも、著者は、カール・ラーナーのいわゆる「無名の殉教者」説ですら物足りないとされているようで、それでは教会の絶対性という前提に矛盾を来たすのではないだろうか。
なお、カトリック信仰が価値相対主義をとらないということは、これまで何度も、公文書によって明確に示されている。
(相対主義っぽくなれば当然のことながら)布教の意義についても回りくどくわかりにくい説明をせざるを得ないという一部(とはいえないか)のカトリック神学者の考え方には首をかしげてしまう。
もっとシンプルにいけないのだろうか。
また、信仰の土着化ということをやたら強調されるが、どのように、どの程度でそれを認めるかということの議論が薄すぎるような。他の著作にあたれということか。
あと、教導権を軽視(あるいはその見解を曲解)するかのような文章を見ると、気分が萎えてしまう。
著者の見解を理解しきれてないかもしれないから一般論でしかいえないが(※)、教導権を軽視しつつ信仰の土着化を放縦に認めるならば、その結果は悲惨なことになると思われるところ、その結果につき責任をとられる覚悟があるのだろうか、などと思ってしまう。
※シーゲル師ご自身は、無意識的な土着を認めるよりも土着は避けられないのだから問題について意識していた方が放縦に至らないとお考えのようにもみうけられるが、この本を読んだ人がすべてそのように解するとは限らないと思う。
まあ、私にとっては、学問としての神学の理解よりも、自分の信仰の方が大事なのかもしれません(理解できないことへの負け惜しみ?(^^;))。
+Credo in unam sanctam catholicam et apostolicam ecclesiam.
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