思い出の公演

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 初めて、パルジファルを見たのはミュンヘン。バイエルン国立歌劇場で見ました。

私は、このオペラが凄く好きだったので見たい、見たいと思ってもなかなか都合がつかず、結構時が経っ

てからでした。と言っても十年以上前の話です。





1996年7月20日 ミュンヘン バイエルン国立歌劇場
 
  指揮      ペーター・シュナイダー

  演出      ペーター・コンヴィチュニー

アンフォルタス   ジョン・ブルッシェラー

ティトレル     カール・ヘルム

グルネマンツ    クルト・モル

パルジファル    ジョン・キース

クリングゾル    トム・フォックス

クンドリー     ガブリエーレ・シュナウト








これは、ミュンヘン・オペラ・フェスティヴァルの公演です。配役を見ると、クルト・モルは有名。

あと今でも名が残っているのはガブリエーレ・シュナウトくらいですね。今では、とても有名な演出家

のコンヴィチュニーも、あの指揮者(フランツ・コンヴィチュニー)の息子らしいとしか認識していませ

んでした。指揮者のペーター・シュナイダーはこの頃からドイツ物のスペシャリストという感じでした。

どのようにチケットを手に入れたかは忘れましたが、おそらく何ヶ月前かに購入したんだと思います。

最上階の真ん中一列目なんで、安くて良い席は学生券でオペラ・フェスティヴァル中は手に入らないと思

うので・・・記憶は定かではありません。でも、最初にパルジファルの前奏曲が流れた時は、物凄く感動

した記憶があります。今まで聴いたオペラとは違う気持ちで聴いたのを覚えています。そして、初めて

見たのでパルジファルの演出に対してどうこう考える余裕が無かったと思いますね。ただ、私はこのオペ

ラで一番に重要視している役はグルネマンツなので、この時のクルト・モルのとても深い歌声だけは、

今でも心に残っています。一幕目が終わった時、慣例通りに誰も拍手をしなかったことも印象に残りまし

た。ただただ、日本に帰ったら聴けないオペラなような気がして物凄く集中して聴いていた記憶がありま

す。でも、まあそこまでしか記憶に無いってことはどうだったんだろう・・・。







そして、月日が流れて2006年に、この同じパルジファルをミュンヘンのバイエルン国立歌劇場で見て

きました。これは、初めて見たパルジファルが10年の時が経ち、同じ演出で自分がどう感じるのだろう

と考えたからです。






 2006年4月16日  ミュンヘン  バイエルン国立歌劇場

   指揮者     アダム・フィッシャー

   演出      ペーター・コンヴィチュニー

 アンフォルタス   ウーハ・ウーシタロ

 ティトレル     クリーブ・ベイレイ

 グルネマンツ    ヤン・ヘンドリック・ロータリング
 
 パルジファル    ロバート・ガンビル

 クリングゾル    エジリス・シリンズ

 クンドリー     ヴァルトラウト・マイアー







この時は、平土間の良い席で見ました。私の中で一番良く見たワーグナー歌手はマイアーです。一番多か

った役はジークリンデでしたが、おそらく彼女の全盛期と私の見ていた時期が重なります。マイアーは

90年代が絶頂期の歌手だったと思います。だから、これを見る前は、マイアーで見たくないような気持

ちがありました。あの素晴らしい歌唱がなんか壊されるような気になったんです。また、前日にウィーン

でアンジェラ・デノケの卓越した素晴らしい演技と歌唱のクンドリーを聴いていたのも影響がありました

ね。

 あの美しい前奏曲が始まり、ウットリとした気分を感じました。この時、ヤン・ヘンドリック・ロー

タリングのグルネマンツも悪くないなあと思い聴いていると、クンドリーの登場、その時のマイアーには

驚きました。あの美貌はそのまま保ち、声も十年前と変わらないくらいなことに・・・。そして、素晴ら

しい演技力。私の中では、クンドリーを歌わせたら至上最強だと思いますね。過去の伝説の歌手と比べて

もマイアーが一番のクンドリーだと思います。これほど演技が出来て歌の上手なクンドリーは存在しない

とまで過激に思いました。これは先日のデノケが素晴らしかったことのその上をいっていたことが、私を

ここまで確信にさせたに違いありません。また、10年後にコンヴィチュニーの演出を再確認して思った

のが、90年代の彼の演出は今ほど奇想天外なものではなかったんだなあと感じました。もちろん、クン

ドリーの登場の仕方や、パルジファルの登場の仕方なんか面白いかと思います。ただ、10年前の演出な

のに2006年に見て古く感じないところにある意味コンヴィチュニーの先見性を感じました。ただ、そ

の後なんどもパルジファルを見ましたが私の中では一番しっくりくるパルジファルです。ただ、10年っ

て大きいですね。10年間の間に随分パルジファルという作品に対して深く理解したことがわかりました

これが歳を取るということなんだなぁとつくづく感じたのを帰り道で気づかされたことを覚えています。

人は、同じものを時をおいて見ることによって、またひとつ何かをつかんだかもしれないと思います。

ただ、この公演時、一幕目が終わった途端拍手が起こりました。これは慣習違反。でもこれが10年の

歳月の経過なのかもしれないと感じホテルに帰りました。





10月にマイアーはイゾルデを歌いますが、その時どんな評価されるのだろうと考えています。

NHKホールでまともに歌手の評価はできないと感じている私にとってあきらかに歌手の不利は否めませ

ん。また、調子の良い時、悪い時があるとは思います。マイアーを聴いたことが無い人たちは、これが

日本でのオペラ最後くらいに思って聴いてみるくらいな姿勢が必要かも知れません。歌手の全盛期は、

おそらく10年から15年。マイアーのように自制している人は珍しいので、素晴らしい歌唱で聴けるの

も最後くらいでみなさん公演に行きましょう。

 


 まだそれほど寒くなかったミュンヘンでの話です。

チケットが完売らしいが当日券がでるとのことなので、ガスタイクにて並びましたが、どこでどう並ぶ

のがわからないので、現地日本人音楽留学生と思われる7〜8人のグループに聞きました。

一緒に話に混ぜていただき、最初はいろいろな話で楽しかったのですが・・・。途中からかなりDEEP

な世界になりましたので、閉口してしまいました。


 
 理由は、昨日のオペラについて会話していたのですが、やはり、日本で優秀で留学して来た方々なので

、会話の内容が細かすぎてわからん!。前日のオケのミスの箇所を細かく解説したりの話が永遠続くそう

な気配。しばらく黙ってました。でも、こんなあら捜しばかりして楽しいのかなと感じましたね。



 
 チケットは無事キャンセルがでて取れました。まだ、1995年ころのヴァントは、その後の名声を確立

する前でしたし。チェリほどの人気はありませんでした。



 
 1995年 11月29日  ミュンヘン ガスタイク

 ギュンター・ヴァント 指揮  ミュンヘン・フィル

 ブルックナー 交響曲第5番


 

  直立不動の言葉が似合うような登場の仕方。そして、いきなりの演奏開始。

 この演奏はチェリの遅い演奏などに慣れていた私には、かなり早く曲が流れる印象でした。

 ただ、非常に贅肉をそぎ落とした演奏。そして、難しい例えなのですが、キコリ職人が森の中で、

 仕事をしている風景を頭の中で思い浮かべてしまいました。なぜ、こんな風景を思うのだろう?

 自分でもわかりませんでした。ただ、飾り気のない、自然の中にいるブルックナーと言ったら良い

 のでしょうか?そんな抽象的な言い方しかできません。私は、ブルックナーで自然の風景を想像した

 ことはないのですが、この演奏は、指揮者自体がない、指揮者が個性を出すのではなく、ブルックナー

 の思い描いたことを連想させる演奏と言った方が妥当かもしれません。無骨と言う名にまさにふさわし

 い演奏だと思います。この演奏は、最近CD化されたので良かったら聴いて見てください。
 
 私は、なぜかまだ未聴ですが・・・。




 留学生のうち、女性の一人は私の席の隣でしたので、他の連中がいないで話したのですが、こんな

 会話しました。

 
 
 「さっきの彼らが言っていた会話気にしないで下さいね。私はピアノ科なので他の楽器のことは、

 わからないけど。彼らと話してるとどうしてもミスの話ばかりなってしまうんですよ。これは、

 日本で習ったことなんです。日本で習うといかにミスしたものが負けか、と言う世界なんですよ。

 そんなところに4年も6年もいたら、急に考え方変えろというのは無理なんですよ。彼らも、いま

 ミュンヘンで壁にぶつかってるんですよ。私なんか、交通事故並みです。この間なんて、「上手以外に

 言葉はありません。あなたはどのように自分を表現することから始めないとダメですね。」と教授に

 言われて苦しいですよ。だから、日本人ばかりで集まってこんな話題しかできないのです。私、これか

 ら、どうなるんだろ?」

 
 
 こんなことを話されました。私は励ましてお別れしましたが、その後の彼女どころか、彼女の顔さえ

 覚えていません。でも世界のどこかで音楽捨てないで頑張っていてくれたらなぁと時々思い出します。

 今年の5月にドホナーニが来ます。ブラームス・ツィクルス楽しみです。まだチケット取っていません

が、行きます・・・。ロンドンに住んでいた頃、ドホナーニの演奏は何度か聴きました。フィルハーモニ

ア管との定期などよく聴きました。オペラも聴いて、演目はシェーンベルクのモーゼとアロン。このオペ

ラのレヴューはまたにします。




 今回書くレヴューは、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行われたワールド・オーケス

トラ・シリーズのひとつです。余談ですがこの時、日フィルも招待されていて指揮者は広上でした。これ

は聴いてません。

 
ドホナーニとクリーヴランド管のコンサートもこのワールド・オーケストラ・シリーズのひとつでした。



 1996年3月21日 ロンドン ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
 
 クリストフ・フォン・ドホナーニ 指揮  クリーヴランド管弦楽団

  リゲティ アトモスフィール

  ワーグナー ローエングリン第一幕前奏曲

  シューマン 交響曲第1番 春

  ストラヴィンスキー 火の鳥 全曲版



 このコンサートで一番印象に残っているのが最初でした。リゲティのアトモスフィール。この前衛的で

不協和音で映画のホラーの場面にぴったりのような音楽が終わったかどうかの時のかなたから、ゆっくり

とローエングリン第一幕前奏曲が響く、ゆっくりと響いてくる。その時、まるでローエングリンが白鳥と

一緒に現れるかのように・・・。前奏曲が終わり、聴衆は拍手もせず、かなりの時間がたってから少しづ

つ拍手を始めた。みんな、この一連の流れに感動したのだった。2つ合わせて20分くらいの曲。そこに

とてつもなく美しさを演出された気分でした。これは、リゲティが無くてはダメで、ローエングリンだけ

でもダメだった気がします。相反するものが重なりあった瞬間に聴衆がそこに幸せに居合わせた所だと思

います。



 私は次の春が余り覚えていないくらい前の曲が美しかったんです。覚えているのが、このコンビのある

意味絶頂期に精緻なるアンサンブルの春を聴いたということです。



 後半の火の鳥は、信じられないくらいの合奏力でした。セルから受け継いだものがドホナーニに上手に

受け継がれたんだなあと感じました。セル亡き後後任が上手くいかずドホナーニとこんなにも長くコンビ

を組むとは考えなかったです。この火の鳥は、今でもコンサートで聴いた火の鳥の中では一番です。


 しかし、レコード会社のクラシック部門が再編成され、ドホナーニはデッカからマーラー・チクルスを

完成させることなくいなくなりました。マーラーの6番悲劇的は、レコードアカデミー賞すら取ったのに

こんな結果に終わり、本人も悔いが残っているでしょう。



 ドホナーニがインタヴューでバーンスタインのことを語っていたことを思い出します。「バーンスタイ

ンはとても偉大な音楽家だ。だから、彼のチャイコフスキーの悲愴のような解釈しても許されるのだ。誰

もがこのような解釈はしてはならないのです。」ドホナーニがこの演奏を認めていることはとても意外で

した。なぜ、このようなことを発言したのかわかりません。本人の解釈と好みは指揮者にとってもべつな

のですかね?



 注 このバーンスタインのグラモフォンから出ている悲愴は、とてつもなく遅いです。


 カラヤン85年盤   第1楽章 18.19 第2楽章 8.47 第3楽章 8.29 第4楽章 9.43

バーンスタイン87盤  第1楽章 22.32 第2楽章 8.30 第3楽章 9.51 第4楽章 17.09



 とてつもなく遅い第4楽章、ぜひ一度聴いてみてください。また、ドホナーニのデッカ盤テルデック盤

もこの機会に聴いてみてください。

 今回は、去年、パリ・オペラ座ガルニエで行われた公演なので古い公演ではありません。


 2006年3月18日 パリ・オペラ座ガルニエ

 モーツァルト フィガロの結婚

 指揮 シルヴァン・カンブルラン

 演出 クリストフ・マルターラー

 アルマヴィーヴァ伯爵 ペーテル・マッティ

 伯爵夫人 クリスティーナ・エルツェ

 スザンナ ハイディ・グラント・マーフィ

 フィガロ ロレンツォ・レガッツォ

 ケルビーノ クリスティーネ・シェーファー

 マルツェリーナ ヘレーネ・シュナイダーマン

 バルトロ ローランド・ブラハト



 この公演を見て、「オペラは生ものだ!」と痛感しました。初めてオペラを見る人も、オペラを古臭い

と考える人も、この公演をみればオペラの楽しさが理解できるように思いました。普通チェンバロによる

レチタティーヴォが、冴えない感じのおじさんにキーボードで弾かせて舞台上に出演させるなんて、とて

も想像できなかった演出です。これは今の時代だからとても合う演出なんだと思います。だから「オペラ

は生ものだ!」と感じたのです。


 過去に名演出家と呼ばれる人は沢山いました。フェルゼンシュタイン、ポネル、ストレーレル、シェン

ク等々・・・。おそらくその時代時代に流行があるように、名演出家たちも過去に捕われず時代に先駆け

ていたんだと思います。しかし、今、シェンクやポネルのDVDを見て作品の基本は理解できるが、今の

時代に合う演出か?とオペラに興味ない人に問われれば、私は全面的に肯定はできないと思います。ま

た、このような演出中心のオペラに嫌悪感を抱くファンもいることでしょう。でも現代のオペラ歌手がル

ックス自体にも気を使っていることを考えれば時代は流れているのです。以前、ショルティがインタビュ

ーでスーツをきたワーグナーのオペラを嫌う考えをしていましたが、私にはこの考えが理解できませんで

した。同じような演出のオペラが世界中で繰り返し繰り返しされたら私にとっては苦痛そのものです。ブ

ーイングが出たとしても、それがオペラというもののような気がします。

 この公演はOPUS ARTEからDVDで出ています。日本語字幕はありませんが、無くてもとても楽しめる

と思います。一度オーソドックスなフィガロを見た後見ると、とても良さがわかると思います。ぜひ見て

ください。

 1996年5月18日、ウィーン。この日はマチネでムジークフェラインザールでアバド指揮ベルリ

ン・フィルのコンサートがあり、夜は、国立歌劇場でジュリーニ指揮ウィーン・フィルのコンサート。よ

く考えると贅沢な一日でしたね。なぜ、国立歌劇場でオペラではなくコンサートかというと。確かこの年

より2,3年前にマーラーの命日を記念して国立歌劇場でコンサートが行われることになったのです。確

か初年度は小澤指揮マーラーの復活だったと思います。

 この日の演目は、ブルックナーの9番。その後、テ・デウム。ソリストは




 ソプラノ ユリアーネ・バンゼ

 メゾ アンゲリカ・キルヒシュラーガー

 テノール ピオット・ベッザーラ

 バス ローランド・シューベルト



女性陣は豪華。ただ、この当時は売り出し中の時なので今の評価を確立する前です。男性陣はいまどうし

ているのでしょうか?この1996年はブルックナー没後100年でしたので、多くのブルックナー公演

に接することができました。

 第一楽章は、まさに神秘的に通りだったと思います。第二主題はとても美しかった。第ニ楽章は、そこ

まで速くないスケルツォ。でもカンタービレ。歌心溢れた感じでした。第三楽章、美しい・・・。神秘的

なアダージョ。このまま終わらないでいて欲しい。そしてテ・デウムが演奏されたのでした。



 ブルックナーは死ぬ前に「もし完成できなかったら、テ・デウムを第四楽章に使って欲しい」と語りま

したが、実際皆さんはどう思いますか?あの美しいアダージョの後テ・デウムは必要なのでしょうか?朝

比奈隆のように否定的な発言をした人もいますし。また、アイヒホルンのようにフィナーレ付でCDを出

した人もいます。アーノンクールも発表しました。カラヤンはテ・デウム付でLD出しました。私はこの

曲に未完成の美しさを感じます。特にこのときのジュリーニの演奏はまさにそうでした。そう思うとテ・

デウムはこの夜はいらなかったのかも知れません。


 このころを最後にジュリーニは指揮をしなくなります。晩年のジュリーニの演奏を嫌う人もいます。遅

すぎると言って・・・。70年代のグラモフォン時代が一番と言う人も多いと思います。私は晩年のジュ

リーニの演奏を聴くと遅いけど決して弛緩してはいないと思います。思い出に残る一度きりのジュリーニ

体験でした。



 このコンサートでも難点がありました。それは会場です。オペラ専用のウィーン国立歌劇場はコンサー

トには不向きな音響でした。オペラだと気にならないのですが・・・。

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