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不登校、引きこもりの君、そしてその親へ
新しい服を着て新しい門出をしよう
いよいよ4月だ。保育園も幼稚園も、小学校も中学校も、高校も大学も、そして会社も4月から始まる。
年中日曜日で一向に始まらないのが君たちだが、この4月1日は、せめて新しい服を着て、外見だけでも新しく始まる気持ちにしていこう。暑さ寒さも彼岸までと言うが、今年はその経験則が崩れたようで、未だに寒い。しかしこれがさくらには幸いし、散らずに満開のままで4月1日を迎えられそうだ。
初心に帰って幼稚園から出直しもまた良しである。
「おててつないで幼稚園 青いレモンの味がする
閉じたまぶたのそのうらに 幼い姿の君と僕」
と始まる永六輔作詞、中村八大作曲の「幼なじみ」という歌がある。幼稚園から結婚して子供を持つまでを歌った歌だから、君たちの誰にでも当てはまる時代の歌詞がある。それぞれその時に戻って胸が熱くなる。その熱が君たちの心の氷も溶かしてくれる。
1日中家にいて誰とも会わずにいると、服装や身だしなみにも気が回らなくなるものだ。私とて外出や人と会う約束のない日など、ひげなどはそらないし、ひどい時には着替えもせずパジャマのままでいることもある。
誰とも会わず、外にも出ない君たちも同じではないか。
風呂には毎日入っているか、顔を洗っているか、歯を磨いているか、着る物は、きちっと着替えているか。床屋とか美容院に行っているか、女性なら髪の手入れはきちっとしているか。いつでも外に出られる格好をしているか、いつ誰が来ても会える様な格好をしているか。まず外見を整えるのだ。
服装の乱れは心の乱れを意味する。それは昔も今も変わらぬ事実だ。逆もまた真なりで、心の乱れも服装の乱れに表れる。今の君たちがそうであろう。
心の乱れを正し、整えるのが先と苦闘してきたのがこれまでの君たちだった。でもそれが思うに任せなかった。では、方法を変え、今度は、外見をととのえるのを先にしてみよう。外から内を治す方法に代えてみよう。誰にでも苦闘などという大げさで悲壮な思いをせずともできることだ。
幸いにも4月1日は月曜日だ。新しい服を着て、幼稚園でも、学校でも、会社でも、自分の目指す目的目指して新しい出発をして見よう。
清々しい風が心をふきぬけるに違いない。これは「エイプリルフール」ではないぞ。
「エイプリルフール」などというバカげた習慣は、西洋からはいってきた習慣だが、起源は定かではない。4月1日は「嘘をついても、人を騙してもいい」なんて習慣が日本に根づくはずはなく、最近は馬鹿騒ぎする人もいなくなったようだ。これまたTVで一時はやっていた「ドッキリカメラ」という「人を騙す」ような低俗な企画も最近な消えていったようだ。正直で生真面目な日本人には合うはずがないのだ。私も失礼な番組だと思う。
今日の名言――聖書――
いつも与えなさい。そうすれば、人々はあなた方に与えてくれるでしょう。彼らは押入れ、揺すりいれ、溢れるほどに量りを良くして、あなた方のひざに注ぎ込んでくれるでしょう。あなた方が量りだしているその量りで、今度は人々があなた方に量りだしてくれるのです。 「ルカ6−38」
平成25年3月29日記 中島 清
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