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黒塗りの下駄
黒塗りに赤と黄色の鼻緒、下駄をみてるだけで楽しかった。黒光して美しいだけでなくはいてみて、木の感触が冷やっとしてとても気持ちよかった。
贅沢だと思いつ、今年は思い切って浴衣も買った。一見派手で子供ぼく見えたが、黒地
に赤(オレンジに近い)の大柄の花模様の浴衣は、実際着てみると顔の小さく目も鼻も小さいはつきりしない顔立ちの私を華やかに見せていた。
これだ”と思いすぐ決めた。どうも浴衣というと中年女性のそれは、地味であかぬけない。地味でいいもの、それは若く美しい人のものだと思う。
若い肌の張りがあって瑞々しいからこそ、十分引き立つ。中年ともなれば、水分を失った肌、そして皺、くすんだ皮膚の自分の顔を計算すれば、いくらいい物を着ても自分をひきたててくれない。中年女性は明るい色を選ぶべきだと思ってる。
浴衣を求めてついでに下駄を求めた。高価だつた。しかし求めた浴衣より下駄の方が満足感が大きかった。気にいってこのしゃれものを常用するようになった。
年に一回 それも盆踊りの時だけというのは、悲しいのでいつも履くことにした。
素足に下駄、何と気持ちいいのだろう。私は長いこと、この開放感をまってたような
気がする。日本の風土は湿度が高く、気温がそれほどでなくとも、蒸し暑く不快でやり
きれない。夏こそ素足でいたい。風を通したい。下駄は最適の履き物だつた。
サンダルには素足の筈がいつの間にかナイロンのストッキングに覆われるようになっていた。水虫も湿度の高い国に似わわない靴を履くようになつたため発生するようになったらしい。生の足が息苦しくてあえいでいたのだ。
浴衣を着ない時でも薄いブラウスにスパッツを履き下駄をはいた。
洋装に下駄も組み合わせとして洒落ていると思っている。よく外国人がおわんに飴を入れてつかつてる。あの応用である。外国人には着物もデザインの一つにすぎない。
あの感覚を私も盗んでみた。そしてついには大塚末子式、現代風の帯のない着物を又
求めてしまった。ツーピース式で上はマジツクテープとリボンでとめ、下は巻きスカート紺無地の地味な物である。これは楽で毎日着ている。
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