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多くの市民が先生の薫陶を頂戴しておりますが、私もその一人 先生のお宅におじゃまするときは、覚悟をもって参上したものでした。 何せ、2時間はおいとまできない。 来てくれた人々に、先生は現在の世相やら、過去の出来事、自分の人生観や、著名人の考え方などを 丁寧にお話しになられる。 こちらは、ほとんどうなづくぐらいが精一杯なのですが、ひとしきり話されると先生は満足される。 先生は、独学ながら書の道にたけておられ、ことわざや著名な詩などを書き連ねておられました。 それを訪れた人に、次々に手渡され、説明を加えられる。 私もいつも5,6枚の複写版をいつもお土産に頂戴したものです。 先生は、おじゃました次の日、必ずお便りを下さいました。 少々むずかしい言葉で、お会いしたときの話や感謝の気持ちをしたためられ、わざわざの自筆のはがきが 自宅に届きます。 私は、人々とこのように接することのできる方に今までお会いしたことがありません。 本当に、周囲の人々に慈悲とも言える思いやりを大切にされる方でした。 8月におじゃましたのを最後に、(まだまだ元気でおられたのに) お盆が過ぎ、9月議会にと私自身忙しさを理由にお顔を拝見にいけずにおりましたところに、突然の訃報が届きました。 お宅の近くを通っていながら、おじゃましなかったことを悔やむばかりです。 先生の思いやりの心を、私は全然身につけられずにおりました。 本当に申し訳ございません。 ただただ、ご冥福をお祈り申し上げます。 先生の優しさ、大らかさを胸に刻み、私の生き方の道しるべにさせていただきます。 合掌
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わたくしごと・雑感
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お盆の季節は、里帰りで実家に帰省する方も多く、先祖の霊を慰めるとともに平和について考えることも大切です。 先日、鹿児島県南九州市旧知覧町の知覧特攻平和会館を訪れました。 語り部の方に案内していただき、喜多方市出身の2名の特攻隊員の出撃秘話も拝聴いたしました。 写真の撮影者が彼らに質問したそうです。 「君たちは、いつ出撃するんですか?」 彼らは答えました。 「明日、出撃します。」 明日、わが身が大空に散ることを知りながら、果たして動物を慈しみ、笑顔でいられるものでしょうか。 彼らの覚悟はできていたのでしょうが、それでも最後に母に向けた別れの手紙には、それぞれの想いがこめられていました。 お母さん、お母さん、お母さん 幾度も母の文字を書き連ね、遺書とした隊員もありました。 女学生は、隊員の衣服を縫ったり、食事のお世話で奉仕をされていたそうです。 青春の真っ只中にある、青年たちが、異性に恋することも許されず、想いを寄せていたかもしれない女学生に、別れ花束を振られながら敬礼の挨拶で飛び立つ彼らの心境は 大東亜戦争の末期、沖縄戦の劣勢を挽回するため人類史上類例のない特攻作戦が展開された出撃基地跡に、当時の真の姿、遺品、記録を後世に残し、恒久の平和を祈念することが基地住民の責務であるとして建設されたものです。喜多方市出身の2名の若き隊員も大空に散華されたそうです。1036柱の特攻隊員は17歳から21歳を中心とする青年将校でありました。現在にしてみれば高校生から大学生の年代です。現代における同年代の子どもたちは、まだまだ保護者の庇護の下、何不自由ない暮らしをしながら青春を謳歌できるこの平和な社会は、過去の動乱の時代にうら若き少年たちが国家の命運をかけた戦禍の犠牲の上にもたらされている事を忘れてはなりません。
特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じたことは、再びこの国に平和と繁栄がよみがえることであったことを思い、今日の平和があることを感謝しながらも、隣国においては平和を脅かす行動があることを認識しながら、国際社会の平和と安寧のためにしっかりとした国家意識と平和希求の精神を身につける努力が求められています。 地方行政においては、小中学校の修学旅行などで正しい歴史認識と平和を望む心を育てるための施設見学や戦時体験講和の拝聴を取り入れるなどを求めてまいります。 |

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