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今日、ミツバチ「ナナ」を読み直しました。同じ本でも、最初読んだとき2度目3度目久しぶりに読んだとき・・・で、違うことを考えます。 初めて読んだときは、筋を追うのがメインになりありきたりの事を考えました。(本のテーマいじめとか思いやりに付いてとか・・・)。 最初読んだとき次女に「ママのブログの先輩が書いた絵本なの・・・」と見せたら、「こんな子、すごっくめざわりだわ」「すごい邪魔よ。あっち行って!!」と声を出して読み出し、あんまり上手なので「声優になったら」と二人でわらった。 二人とも恥ずかしいことに職場・学校でのいじめ経験者だ。 いじめる方が悪いにもかかわらず、いじめられた人間は自信を無くすので、自分がいじめられるのは自分自身に何か問題があるからだ・・・と思ってしまい、周囲に思いを発信できない。孤立しがちだ。 女王蜂のようにきずいて、その子なりのよさや役割を与え救いの手をのばすものはまれだ。 レンの取り巻きのように、強いものに同調し連動する。団体で攻撃されるとたまらない。 疎外感と自我の崩壊による、鬱で、ますます自分の中にこもってしまいがちで、死を考えてしまいがちだ。近所でもいじめで自殺した子供さんがいる。 強い人たち(傷ついたことの無い人たちは)「何も死ななくてもいいのにね〜」「虐められる方にも問題あるんじゃない・・・」とささやくが、鬱で苦しんだ事のある私は・・・(鬱が出て正常な判断できなくなったのだろうな〜)と、思う。 どうして、こんなに人は差異にこだわるのだろう。 差異を見つけ仲間はずれにしようとするのではなくお互いの差異を認め合って容認できないものか?個々の欠点も長所も表裏一体である。 お互いの差異を認め合って容認出来るようになれば、互いの長所が生きるのに。 お互いの差異を認め合って容認する、社会を作る為には「ナナ」のしたように幼虫達(乳幼児期)に、潜在意識に優しさ。思いやり。してはけない事!!人間としての善悪の規範を、優しく教え込まねばならない。 久しぶりに今日読み返したときは、全く別のことを考えました。 ただ脈連無く・・・「私は、羽が一つでも飛べるのかもしれない。皆と違って、特別な飛び方ができるのかな。そうだ、そうに違いない」と言う「ナナ」の言葉に ふいと目が留まった。 「そうだ、そうに違いない・・・・」 「皆と違う特別な飛び方・・・・・。」 飛ぶことなど、考えもしなかった。 あきらめるよう、努力した。 考えないように、夢など持たぬよ努めた。 「特別な飛び方」 私に出来る「特別な飛び方???」 人と同じラインに立とうなどと、考えなければ 私なりの「特別な飛び方」を、見つけられるかも・・・ |

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かりんさん 転載有難うございます。自分の古い記事にコメントを頂いて、自分の昔かいた記事を読みなんだか、その頃のことをあれこれ懐かしく思い出しました。
役に立てると嬉しいです。ヽ(゚∀゚*)ノ ♪ 頑張ってください。
2009/9/19(土) 午後 7:48
みんな仲良く助けあってほしいですね。
みな公務のブログ読んでね。
2010/3/29(月) 午後 8:33 [ みな公務 ]