|
中越復興支援会議の鈴木隆太さんの案内で、いよいよ一年ちょっとぶりに旧山古志村に入りました。
昨年入った時は村の途中で山崩れのため道が分断され先に進めませんでしたが、とりあえず現在は通行出来るようにはなっています。しかし舗装はまだほとんどされておらず、普通車だと走りにくい状態です。全村域で復旧工事をしているという感じで、他府県ナンバーの工事車両をたくさん見ました。村に少しずつ戻ってきている人もあるようですが、とても落ち着いて生活出来るという状況ではありません。またいまだ避難指示が解除されていない地域があり、通行規制があります。
もともと山古志村は大小14の集落からなっていて、山崩れで川がせき止められて集落が水没してしまったところがあり、今も写真の通り池のように水の底に集落が沈んだままです。水が退いた集落でも泥に埋もれた家が放置されていました。
地震当時山古志村は人口2163人。地震は平成16年10月23日17時56分に発生し、翌日より全村避難開始、長岡市内7か所に別れて避難所生活の後12月より仮設住宅に引っ越し 陽光台仮設に12集落327世帯(現在242世帯) 新陽仮設に1集落178世帯(現在131世帯) 青葉台仮設に1集落122世帯(現在78世帯)が居住し、現在まで続いているのです。
今回陽光台仮設住宅を訪問させて戴きましたが、そこは長岡市のニュータウンの中にあり、それは神戸の震災の時西神のニュータウンに建てられた仮設住宅とあたりの雰囲気からそっくりでした。神戸の悪夢が蘇るという感じがしたのですが、神戸と大きく違う点は山古志の場合は集落ごとに仮設住宅に住んでいるのでみんな顔見知りなのです。神戸の場合は都会ですし、いろんな地域から入ってきていたのでほとんど知らない人ばかりでした。孤独死というようなことが最後まで問題になりました。
地震後山古志村は長岡市に合併し、元の役場が長岡市の山古志支所としてこの9月から再開されるのです。昨年訪ねた時は役場も建物の周りがかなり地震で損傷していましたが、今回みると綺麗に補修され再開を待つばかりとなっていました。そう言えば役場の隣で山古志唯一の食堂みやこが営業しており、災害復旧工事にたずさわっている人達がよく利用しているようで、私達もそこで昼食をとりましたが、その店オリジナルの黒ラーメンをおいしく戴きました。支所が再開されれば復興にはずみがつくとは思います。
仮設住宅にはボランティアセンターがあり、そこはディサービスセンターにもなっているのですが、一般公募で生活相談員になったIさんという若い人が頑張っておられました。彼は家がお寺で僧侶でもあるのですが、ボランティアに来ている東洋大学の学生さん達にここでは家とか水とかふだん当たり前にあると思っているものが本当は当たり前にあるものではないんだということも感じてほしいと語りかけているのをそばで印象深く聞かせて戴きました。
そこで驚いたのは神戸のひまわりおじさんが来ていて、私の名前を呼びかけられたことです。神戸の地震以来被災地にひまわりを咲かせる活動は多くの人に感動を与えてきてくれたのです。新潟で会うとは思っても見ませんでしたが、山古志にひまわりを咲かせようとまた神戸からたびたび来ておられるようです。さすがですね。
仮設住宅から出ていく人が徐々に増えている中で、村に帰るメドが全くたたずに焦る気持ちを持つ人もいるようです。あの山古志村の現状を見る限り一番大変なところの復興はこれからまだまだ長い時間がかかるように思えました。
私には何も出来ることはありませんが、これからもほんの少しでも関心を持ち、気持ちだけでも共に歩みたいと願っています。ひとまず今回の被災地の報告は終わります。また機会あるごとに被災地のことに触れてみたいと思います。読んで戴きありがとうございました。
|
何も出来ませんが、ありがとうございます。
2006/9/2(土) 午前 6:50 [ - ]
新潟は私のふるさと。大阪は社会人になって初めて働いた場所です。いっぺんにいろいろ蘇ります。ほっとしました。楽しく頑張りましょう。
2006/9/2(土) 午前 9:14 [ sachiup777 ]
私も、台風災害で去年浸水にあった時の復興が一生忘れられないものになりました。天災に人間の力は無力ですが、復興という大きな目標があれば、時間はかかっても、人間の力は大きなものになると確信しています。 仮設住宅など見ると、心が痛いのですが、どうか、健康でと思います。
2006/9/2(土) 午前 10:32
gaiko00さん ありがとうございます。
2006/9/2(土) 午後 0:11 [ 森からの手紙 ]
sachiup777さん ありがとうございます。ご縁に感謝申し上げます。ふるさとを大切に思う気持ちは一生を支えてくれるものですね。今後ともよろしくお願い申し上げます。
2006/9/2(土) 午後 0:13 [ 森からの手紙 ]
こころさん いつもありがとうございます。大変な思いをされたのですね。その体験はこれからの人生でいろいろ生かされてくるでしょうね。その時のことをまたお聞かせ下さい。
2006/9/2(土) 午後 0:16 [ 森からの手紙 ]
共に歩いて行くんだと想えば道も川も草も花も愛しくなりますよね。この風土残してやろう、それが共に歩くなのだと。
2006/9/2(土) 午後 6:08
すばらしいですね。道も川も草も花も共に歩いているんですね。ありがとうございます。道を歩いているんじゃないんだ、道と共に歩いているんだ 感動ですね。
2006/9/2(土) 午後 6:32 [ 森からの手紙 ]
私も昨日、山古志関係の報道を見ました。帰れた方々も増えたようですが、まだ帰れない方々の事を思うとたまらない気持ちになります。
2006/9/2(土) 午後 6:55 [ 庭主 ]
wtprp837さん ありがとうございます。そうですね、もう私たちには遠い過去のことのようになってしまっていますが、今まさに震災の只中におられる皆様のことを思うとほんとたまらない気持ちになります。
2006/9/2(土) 午後 7:16 [ 森からの手紙 ]
もうすぐ一年なので、アップしたいと思います。
2006/9/2(土) 午後 10:58
こころさん ありがとうございます。災害を乗り越えてきた記録は多くの人の励みになると思います。よろしくお願い申し上げます。
2006/9/3(日) 午前 7:01 [ 森からの手紙 ]
足跡からお邪魔しました〜報道が少なくなっても忘れずにいようと思います 集落ごとの仮住まいということに、少しホッとしています(^^)
2006/9/3(日) 午後 0:09 [ ☆ライム☆ ]
limesetouchiさん ありがとうございます。そうですね、神戸とのこの違いは大きいと感じます。ただ外から見ただけではわからない問題もたくさんあるのだろうと思います。
2006/9/3(日) 午後 5:06 [ 森からの手紙 ]