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土生神社・森からの手紙・平成二十九年初冬号
  喜びも悲しみも神様と共に
                    宮司 阪井健二
 今年も無事に例大祭を終えることができました。祭礼の運営にご尽力戴きました氏子の皆様をはじめ関係者の皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 例大祭の日の数日前宮座の一老さんが神社に来られて社務所の周囲に放置してあるゴミや空き缶をお祭にたくさん人に来てもらうのに気になってときれいに整理して戴きました。神社をゴミ屋敷のようにしている宮司で申し訳ありません。単なる役職でない、生きている宮座の姿を見せて戴きました。博物館に展示されている国宝はある意味では過去のものですが、生きている宮座は何百年とその心と形が伝えられてきて今も生きており、これからも未来へと伝えられていくものです。あるのが当たり前のように思っているかも知れませんが、地域のこのような伝統が途絶えてしまっているところも多いです。歴史と伝統が博物館に展示される過去のものでなく現在まで続き生きているということの素晴らしさをあらためてかみしめさせて戴きました。

 その伝統があるからこそだんじりを曳く祭礼も盛大に今も行われているのでしょう。一見イベント化して神事であることが忘れられているかに見える祭礼ですが、伝統があり神事であるからこそ人々の心がいつまでも冷めることなく熱く継続しているのだと感じます。しかし神社の例祭だ神事だと理屈を並べても継続していけるものではなく、理屈でない何か不思議な力が祭礼にあるからみんなが惹かれ、そしてだんじりを曳くのでしょう。惹かれて曳く祭礼に参加することで知らず知らずのうちに神様と交流し、先人と交流しているのが祭礼と言えるのではないでしょうか。ただ責任のある立場の人だけは神社の例大祭であり神事であることをよく認識して行動していただくようにお願いをさせて戴いています。

 土生町の祭礼はだんじりが土生神社を出るところから始まり、最後は土生神社に帰ってくるところで終わります。出て行く時は安全に行われるように祈願をしてお祓いをして出て行きますが、最後に帰ってくると以前は責任者ですら神様に何の挨拶もせずに帰っていました。それではいけないと思って町会長さんにだんじりが最後に神社境内のだんじり小屋に帰ってきたらせめて責任者は神前に参拝するように提案させて戴きました。そのことは歴代の町会長さんに納得して戴いて徐々に定着していましたが、今年は祭礼前に町内に配布されるだんじりの曳行計画書の最後に土生神社参拝の文字がありました。そして実際に祭礼の締めくくりに町会長 曳行責任者をはじめ各団体の長が神前で拝礼をされました。それはとても美しい姿に見えましたし、土生町の祭礼のかたちにふさわしい締めくくり方だと感じました。

 いつも言うようにだんじりの曳行に参加している人だけの祭りではなく氏神様の例大祭ですから氏子すべてのお祭であり、地域全体のお祭ですので例大祭の日には神社にお参りして戴きたいと思いますし、お祭に参加している気持ちでだんじりの曳行を見て戴きたいと思います。そしてふだんはひっそりとして静かに地域を守って戴いている氏神様に氏子の元気な姿と協力する姿をみて戴き感謝の心を届けることが出来たらと願っています。

 今年の祭礼の後の十月二十二日JR阪和線東岸和田駅付近の高架化が完成し新しい駅舎が開業しました。その日に先立ち土生神社ではJR西日本と工事関係者が参列して高架化切り替え工事の安全祈願祭が執り行われ、開業当日は高架下の現地においてやはりJR西日本と工事関係者が参列して阪和線東岸和田駅付近高架化完成修祓式を勤めさせて戴きました。その高架下からは役目を終えた旧駅ホームがよく見えて長年お世話になりありがとうございましたと心の中でお礼を言いました。そして修祓式の最後の神酒拝戴の発声の折高架化は地域にとって悲願であり、今日までこの工事に関わって戴いた全ての方に感謝申し上げます、ありがとうございましたと申し上げました。
 東岸和田駅が開業したのは昭和五年ですが、開業当時土生郷駅だったということで、八十七年目の高架化を機に土生駅に戻すように私は一人提案していましたが、東岸和田駅のままのようです(笑)

 この高架化駅開業の日は修祓式のほか記念式典やイベントが予定されていましたが、大雨警報のため中止されました。すべて準備を終えての中止でしたから関係者の皆様にはほんとお疲れ様でした。
 一つの大きな事業が完成した日に天候によって記念式典が中止になるというのも神様からのメッセージのようにも受け止められました。やはり人間の力がどんなに優れていても自然には勝てない、自然の力に生かされて人間は存在しているのだということを深く感じさせて戴きました。事業の完成に人間のおごりを慎んでお祓いをし、大雨警報の戒めも戴いたのだと受け止めたいと感じました。
 その後台風二十一号によって大きな被害が岸和田の山手でもあり、大沢町の災害では一人の方が亡くなる痛ましい出来事もありました。
そして土生滝町でも道路の被害があり、未だにこの葛城の谷の地域にも影響が続いています。

 人間が一生懸命頑張って生きることは大切なことで素晴らしいことですが、個人の力にも人間そのものの力にも限界があり、どうすることも出来ないことがあります。それでも人間は生かされており、人間の力には限界がある、人間にはどうすることもできないことがあるということが、人間が神様と共にあるということかも知れません。

人間は自分の力で生きているのではなく、やはり生かされているのであり、喜びも悲しみも 収穫も喪失も 地域を守って戴いている氏神様と分かち合って生きることが氏神信仰の基本です。氏神様は地域の親みたいなものですから、その子供である氏子は自分の家族だけでなく地域すべての人を家族のように大切にして共に生きることが氏神信仰の道です。

 氏子が苦しんでいる時氏神様も共に苦しんで戴いていると思いますから、氏神様に喜びも感じて戴けるように地域とそれぞれの人生に喜びを作りだせるように助け合って生きていきたいと願い、そのよりどころに地域の神社がなれるように勤めていきたいと願っています。

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