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ただ被災地の非日常と私達の日常は一つにつながっているのです。 私が小屋浦に行くことになったご縁は小屋浦で災害ボランティアの責任者となっておられる佐渡忠和さんと以前からつながりがあったからです。 佐渡さんから阪井さんにしか出来ない支援がありますよ。と言われました。 小屋浦の由緒ある神社の鳥居が災害に遭いながら残ったのです。その鳥居が瓦礫を運び出すのに邪魔になるので地元の人が撤去しようとしたのを佐渡さんが止めたのだそうです。その鳥居を見てほしいというのです。 新宮社という額が懸かった鳥居を私もテレビのニュースで見た記憶がありました。単に新しいお宮という意味なのか、霊験新かという意味か、または熊野と関係あるのかとか考えていました。佐渡さんに言われて何か呼ばれている感じがして小屋浦行きを決めました。 ところが佐渡さんの車で昨日初めて小屋浦に入り、神社の前の宮前橋の前を通り過ぎると鳥居がなかったのです。佐渡さんもその時初めて気づかれ驚きと怒りを隠せない様子でした。 後で聞くと六日前に自衛隊によって撤去されたらしく、それも宮司が撤去するように言ったとか、宮司が許可したとかいう話になっていました。 撤去しても近くに保存してあるだろうと思って辺りを探してみましたが見当たらず、それも処分したという話になってました。 瓦礫を運び出すので一時鳥居を解体するというのならわからないでもありませんが、処分してしまったとはどういうことでしょう。ほんとでしょうか? 事実を確認するために呉市の梶山友美宮司さまにメッセンジャーで新宮社の宮司はどちらの方かを問い合わせました。ところが新宮社は本庁包括外の神社で誰が宮司かわからないということでした。 佐渡さんに小屋浦の青年団長に引き合わせられ、神社と祭についてちょっと話をしました。 新宮社の秋祭は鬼が出て竹で子供達を叩いてまわる行事があって有名で、その他に頂戴という担ぎ台や神輿や獅子舞が出て賑やかに行われているようです。 今回の災害で神社の下にあった倉庫が流され、獅子舞の道具は駄目になったようです。またその倉庫の中に鬼などの道具を入れた公民館にある倉庫の鍵が置いてあったそうで、公民館の倉庫はまだ開けて確認出来ていないと言うことです。 宮司は同じ坂町内の宮司が兼務しているようですが、ふだんは神社はひっそりしていて、地域の人が掃除したりしてお世話されています。 お宮参りなどは宮司に連絡して来てもらうそうです。 ふだんはひっそりしていて、秋祭りをみんなで賑やかに行う そういう神社も悪くはありません。 ただ事実はまだ確認出来ていませんが、鳥居の件は疑問です。 西日本豪雨とは何だったのか 被災地のボランティアとは何か あくまでも私が感じたことですが、少しずつ書かせて戴きます。よろしくお願いいたします。 |

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書かれるのをお待ちしております。
日々のご活動お疲れさまです🙇🙏❤
2018/8/10(金) 午前 4:41
神様と一緒に行かれたような気がします^^)
2018/8/10(金) 午前 7:34
> cb2**atumot*tさん
ありがとうございます。
2018/8/10(金) 午後 10:55 [ 森からの手紙 ]
> 根室大喜さん
ありがとうございます。そうであればいいのですが。
2018/8/10(金) 午後 10:56 [ 森からの手紙 ]