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土生神社・森からの手紙・平成三十年残暑見舞号
神社と災害 地域の神様と共に生きる
土生神社宮司 阪井健二
残暑お見舞い申し上げます。
暑さも少しやわらいできたようですが、まだまだ残暑も続きそうですので皆様には十分にご健康にお気をつけてお過ごし戴きますようにお祈りいたします。
少し前の話になりますが、六月十八日未明から日供祭を終えて始発の電車とバスで空港に向かい、熊本行きの朝一番の飛行機に搭乗しました。ところが熊本空港に着いて携帯の電源を入れたとたん目に飛び込んできたのは大阪地震の文字でした。空港のテレビは大阪の地震の情報を伝えており、空港にいる多くの人が携帯を片手に連絡を取っている姿が見られました。私も神社の様子が気になり、いろんな人に確認をして戴くようにお願いしました。幸いなことに神社に特に被害がないことを確認戴きましたが、私が神社を留守にしている時に災害が起きる事を一番恐れています。幸い被害がないということでそのまま熊本での活動を続けることにしました。
熊本を訪問したのは平成二十八年四月に発生した熊本地震の被災地を二年ぶりに訪問する目的でしたが、はじめに声をかけて戴いていましたので熊本県神社庁で宮崎庁長さまにお目にかかりお話を伺った後、震災直後の六月に少しボランティアをさせて戴いた西原村に向かいました。今回の訪問先は主に神社でしたが、被災地ではコミュニティ基金を使って神社の復興を考えられているところもあるようです。そんな中西原村の白山姫神社では地震で拝殿が全壊となりましたが、今回大阪のある業者の申し出で社殿の再建が奉納でされることになったそうです。訪問した時はちょうどその地鎮祭を終えられたばかりの時で緒方宮司さまにお目にかかって少しお話を伺いました。宮司宅も被災し、現在も仮設にお住まいですが、ご自宅の再建も始まろうとしていました。
その後翌日にかけて西原村の兼務になっているお宮を参拝させて戴きました。二年前も参拝させて戴いた宮山神社は倒壊した鳥居が二年前と変わらず参道を塞ぐように放置されてあり、全壊した拝殿は撤去されているものの傾いた本殿は何とか崩壊しないように処置してあるだけです。二年前気になりながら参拝できなかった新所菅原神社に行くと木の鳥居が樹木にもたれかかってやっと立っており、社殿は被災直後のように荒れたままでした。ご祭神の菅原道真公はどのように感じておられるでしょうか?小森神社に行くとやはり落下した鳥居の笠木が参道を塞ぐように放置されてあり、傾いた社殿や倒壊した灯籠など昨日地震があったかのようにそのまま置かれていました。二年が経過してその状態とは信じ難い思いがしましたが、それだけ地域の復興 生活再建が進んでいないということでしょう。倒壊した鳥居が放置されているのも復旧が進んでいない社殿に近づくのは危険であるので注意を促すためでもあるかもしれません。ただこれでは祭祀が正常に行われているとは思われません。一日も早く神社の復興に地域が取り組めることを願わずにはおれません。
阿蘇のカルデラに降った雨水が地下水となり、豊富な湧水となって大地を潤おす西原村は断層もあるが神様から豊かな恵みを与えられている場所であり、災害が逆に地域の魅力に気づかせてくれるきっかけにもなればと思います。
今回その西原村に宿泊するのにあたり西原村出身の人にお薦めの所などないか尋ねましたが、結局村の観光のページで目にとまった民宿に電話したのです。するともうやめているが泊まるだけならという条件で予約できました。当日訪ねてみてそこが二年前も訪問したことのある家だと気づきました。そして私が岸和田から来たと言うと奥様が大阪の地震で岸和田にいる妹に連絡が取れなくて心配していると言うので、岸和田の何処ですかと尋ねると土生だと言うのです。ビックリしました。妹さんを訪ねて何度も土生に来て戴いたことがあるそうです。そんなことあるのですね。被災地訪問も決して日常を離れた遠い場所の話とは限らないのです。私達の日常と別にあるわけではないのですね。
熊本から戻り大阪北部地震の被災地の様子を、仕事を終えた夕方から二回ほど見に行きました。はじめはブロック塀が倒れて小学生が亡くなられた小学校の前を訪ね御霊に手を合わせました。その小学校の前にも水路が流れ、富田はその名の通り水が豊かな水田地帯であったに違いありません。そして酒造りも行なわれ今も二つの蔵元があるのです。三輪神社が地域の神社として祀られ、今回の地震で灯籠のほとんどが倒れていました。しかし素晴らしい歴史と伝統を今も伝えている町です。この災害からその歴史と伝統を見直し地域の力をさらに高めることが亡くなられた小学生のご冥福にもつながると信じます。
七月には西日本を中心に豪雨があり、また大きな被害と犠牲者が出てしまいました。私はご縁を戴いて広島県坂町小屋浦地区に二日間だけボランティアに行かせて戴きました。例年以上の猛暑の中での土砂出し泥出しの作業は過酷なものがありましたが、あまりの土砂の量に一人のやっていることなどあまり役に立っているとも思えませんでした。ただ被災された方と話していると気持ちがぎりぎりになっていっている中で少しはボランティアが来ることで支えにもなっているのかなとも感じました。
今回の豪雨の被災地は広範囲にありますが、その被災地の周囲はほとんど普段通りの生活に戻っています。被災地のほとんどは過去にも災害のあった所で、土地の宿命みたいなものです。どんなに対策をしても完全には災害を防ぐことは出来ないのではないでしょうか。それがその土地の神様の姿と思えます。ふだんは恵みを与えてくれる神様なのですが、人間にとっては災いの面も持っており、時にその姿を現すこともあるのです。その土地に暮らし続けるためにはその神様と生きることが大切なのです。恵みと災いの面があることを知り、感謝と畏れを忘れないようにしたいと思います。災害が起きた時のための備えと早めの避難が神様と共に生きるためには必要で、その拠点に地域の神社がなるように勤めていきたいと願っています。
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