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宮山神社 文政六年の燈籠に大願成就とありました。当時の村人達にとって大願とは何だったのでしょうか?
宮山神社の再建は文化財指定によってなされることになったそうです。 建物の復興はそれで仕方ないですね。 私達神職の本来の役割は神様と人のなか取り持ちです。 神様の存在を当たり前のように感じていた時代には神職の役割も容易に果たせたかも知れませんが、神様の存在への感覚が薄れている時代にあってはその神様の存在への感覚を取り戻すことから神職の役割が始まると感じるのは私だけでしょうか? どんなに神社が立派になっても神様の存在が感じられなくなれば神社は廃れていきますね。 小手先の活動をいろいろしていても、神様の存在を感じさせるようにしていかなくては意味がないと思うのですがどうでしょうか? そしてそれが神道が社会のあらゆる問題に応えていく基本であって、神様に仕える私達の心の姿勢が問われる時代になっていますね。 |

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