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私は自分の表現の仕方に言い換えているので誤解されるかも知れませんが、基本的に目に見えない世界に立脚して目に見える世界を大切にするのが保守の立場であると思っています。
神様を畏敬する心が大前提としてあり、大自然を通じて神様の世界とつながっていると考えるのが神道の立場ではないかとも思っています。 保守の立場と言いながら、目に見える世界に立脚して目に見えない世界のことを言う政治家や研究者も多いです。 そのような立場の人とは同じ事象を見ていても全く捉え方が違います。 天壌無窮の神勅を戴いて天皇陛下の存在があるとしたらそれは神様の絶対肯定から始まっているわけですね。それは人間の権威ではなく、むしろ人間の権威を慎むということに立脚していると言えるのではないかと考えます。 人間が地上の世界を支配しているように見えても大自然に生かされているということを忘れないように天皇陛下を戴いていると神道の立場からは言えるのではないかと考えます。このことは大嘗祭を終えて天皇陛下の即位が完了すると考えられることからも言えるのではないかと思います。 でもそんな私の考えを日本の天皇ではないと否定する人もいます。 面白いですね。 別にその人の考えを否定するつもりもなく、私は学問的に専門家になれないにせよ、人間は死ぬまで勉強しないといけないとあらためて感じます。 |

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