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昨日は矢代寸神社の氏子五町合同清掃でしたね。ご参加ご協力戴いた氏子の皆様ありがとうございました。暑い中お疲れ様でした。
美しい境内になっています。
台風後森に光が入って草も伸びていましたが、それも刈って戴いてました。

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ところで人生は自分自身を否定しないところから人とつながり、前向きに共に生きていくことが大切ですね。今週もよろしくお願いいたします。

令和初めての旅

熊本地震から三年が過ぎ、時代も令和に入った。
昨年熊本地震の被災地に二年ぶりに行ったのは六月十八日だった。熊本空港に降りたって目に飛び込んできたのは大阪地震の文字だった。
その日無理を言って泊めてもらった西原村の民宿の奥さんは偶然にも妹さんが土生町に住んでおられて何度か土生町に来て戴いたことのある人だった。地震で連絡がつかない妹さんを心配しておられた。
その民宿に一年ぶりに連絡をした。しかし民宿を完全にやめておられて今年は泊めることは出来ないという。別の民宿を紹介戴いたが、直前のことで満室で予約出来なかった。
西原村は観光地としてのポテンシャルは高いと思うが、宿泊施設が少なく自己完結出来ない。熊本市内からも近く仕方ないが。
やむなく熊本市内のホテルに電話をしたら、はじめ高い料金を言われたが、直前ということもあるのか、結局半額ぐらいのネット料金で予約することが出来た。
今年は真民先生の生誕百十年で、先生ゆかりの地も訪ねたいが、まだ被災地訪問が中心で時間的余裕がない。
熊本地震三年のチラシに先生の詩『タンポポ魂』を使わせて戴いた。その言霊を被災地に届けるのが令和初の私の旅である。

宗教の役割

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一昨日西成でほんと久しぶりに大谷隆夫牧師にあったが、私のことなど記憶にとどめておいて戴けるのも私が神職であるからかも知れない。
宗教的にはもちろん思想的政治的な立場にかなり隔たりがあるはずですが、その現場の活動がほんとは私達の地域とも決して無縁でなく、人道上も無関心ではいられないという思いから細くとも今もつながりが切れずにあるのです。

学生時代から西成でのキリスト者の活動を見ていました。私が宗教の社会活動というのを身近に感じたのは西成が始まりです。
昭和六十四年一月七日昭和最後の日に私は西成にいました。今朝天皇が死んだという言葉が書きなぐられた看板がありました。しかし辺りにいる人達の関心はそのことで住之江の競艇が中止になったことに向いている会話も飛びかっていました。
現在シャッターが下ろされているセンターの中で見知らぬおじさんに頼んで写真を撮ってもらい、その写真を大学の卒業アルバムに使わせてもらいました。
その後も西成の活動に行くことがありましたが、その年は西成でキリスト者の夜回り活動に行っても大嘗祭反対がテーマになっていたりして居心地が悪かったです。

それから仏教の社会活動みたいな分野なども見せてもらったりして、若い頃は祈りとか儀式とか何の力もなくて直接的に苦しんでいる人達を救うことこそ宗教の活動に思えて憧れたりしました。

しかし宗教の社会貢献という言葉を聞くようになってだんだん違和感を覚えるようになりました。
宗教の大前提として当然神仏などの人間の力を越えた存在があります。
昔の宗教者の社会活動はその存在を背に感じさせるものだったような気がします。社会の多くの人々がその存在を当たり前のように信じていたからです。
現在は社会の多くの人々からその感覚が薄れ、宗教者が昔と同じように社会活動をしてもただ宗教者の活動にしか見えず、神仏の存在を感じさせる活動になっていないような感じがします。
宗教者がいくら小手先で人々の救済活動をしたとしても宗教のほんとの力になっているようには到底思えません。
神仏の存在を感じてそのことに救いや安らぎを感じるのが宗教の力だとしたら、仏教の教えや神道の祭によってその感覚を社会に取り戻せるように努めるのが宗教の役割のはずです。
そのためにまず宗教者が神仏の存在を中心に生きようとしているか、問い直す必要があると思うのですがどうでしょうか?

宮司という立場

采希さんの一筆箋に書かれていたこれって私???

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宮司など勤めることなどほんとは出来ない私は氏子さんからもあまり支持されていませんが、氏神さまを大切に思う皆さんの気持ちに支えられて何とか勤めさせて戴いています。
プレッシャーとストレスを抱えこむばかりですが、おおざっぱに言えば、神職としては天皇陛下の祈りを戴いて祭祀に心を込めて勤める。宮司としては地域の人と共に生きる。宗教者としては下座に行じる。
これからもご指導ご支援戴ける方はいいね!戴けたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。

島薗進先生の本

昨日大阪梅風会の会議に出たついでに本屋に立ち寄り、この本が目にとまって遅ればせながら購入しました。
この本ももちろん島薗先生の大切なテーマの本ですが、今至急読まないといけないのは『神聖天皇のゆくえ』など近代日本史と天皇陛下について書かれた島薗先生の本ですね。そして学もなく、おこがましいことはわかっていてもその感想を先生に送らせて戴くつもりです。

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反権力というのは必ずしも反日とは思いませんが、反皇室というのは明らかに反日ですね。
日本に生まれて日本語を自然と覚えて育った人が自分は日本語など使いたくない 英語で育ちたかったと親を訴えるようなものです。
私達が日本の国土で日本語を使って暮らしていることと、天皇陛下を戴いている、日の丸を掲揚する 君が代を歌うことは一つのことと信じており、政治経済科学は大切であるが、人間の力を越えたものに生かされていることを忘れないようにする国柄を現していると信じています。

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