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千島沖の地震で津波が心配されましたが、大きな被害がなくてよかったと思います。
このブログにいつもご訪問くださる札幌のぴよ子さんのブログにも津波のことが書かれていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/piyopiyopi815/43501215.html
ぴよ子さんのP.Sを読んで、私は無粋な人間で気のきいたつっこみは出来ませんが、今回の結婚報道と災害ということからちょっと藤原紀香さんについて書き、紀香さんと、合わせてぴよ子さんの幸せをお祈りさせて戴きたいと思いました。
紀香さんは西宮のご出身ですが、ご両親が和歌山出身で紀ノ川の香りということから名づけられたお名前なのですね。
阪神大震災の時、彼女はモデルの仕事で海外に行っており、帰ってきて関空のテレビで神戸の地震を知ったんですね。親族にも犠牲になられた方がおられました。
実家に戻って避難所の体育館でボランティアをしながら彼女はこれからの人生について考えたんですね。そして人生にはいつ何が起きるかわからない、悔いのないように自分の人生を大切に生きたいと感じて女優になることを決意し、両親に話をして、彼女は上京したのです。その後のご活躍は皆様がご存知の通りです。
女優になられてからも震災の経験は彼女の中で生き続け、彼女を動かし続けたのです。そして平成14年7月彼女はアフガニスタンへ飛んだのです。
その写真展が初めて新宿で開かれた時、私は上京して見せて戴きました。その後神戸で写真展が開かれた時、私がご縁のある神戸のNGOが写真展開催に関わったことから、そのオープニングに行われたパネルディスカッションを拝聴し、控え室で紀香さんにご挨拶させて戴き、少しお話をさせて戴きました。ほんと気さくな感じで、周りのスタッフに心配りをされている様子が印象的でした。
実は以前紀香さんと交際されていたという加藤雅也さんとも私はちょっとご縁があったのです。それは加藤さんがNHKの水曜ドラマで岸和田のだんじりの大工方の役をして以来岸和田のだんじり祭に惚れ込んで毎年祭を見にこられるのです。だんじりを見るだけでなく、必ず岸城神社にお参りされるのです。だんじりを見に来る有名人はたくさんいますがこんな人はほかにいません。私も加藤さんが来られた時にお祓いをさせて戴いたことがあるのです。
話が脱線してしまいましたが、最後に紀香さんがアフガニスタンの子供達を撮影した写真集に書いておられる言葉を引用しておきましょう。
−あれから一年半が過ぎました
世界は変わったのでしょうか?
良い方向へ 向っているのでしょうか?
いつか争いがなくなる日がくるのでしょうか?
N.Y、そしてアフガニスタンの互いの傷跡を
この目で見てきた私に言えることはただひとつ
命の尊さを人間はもう一度考えなくてはならない時代に
来ているのです。
命は愛から生まれるもの
家族の愛 夫婦の愛、恋人への愛・・・
いろんな愛の形があるけれど、愛する者を失う悲しみは
人種を超えて、何にましても耐え難いこと
もうこれ以上繰り返してはなりません。
世界から憎しみが消え、世界が愛であふれる日が
一日も早く来ることを祈って・・・
2002年12月 藤原紀香
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