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石川洋先生の来年のカレンダーが届きました。



5月
一%の可能性に感動する人が奇跡を生む(失敗から立ち直った一%は天に通じる感謝の喜びがある)


6月
逃げなければ苦しみは抱きとめてくれる(逃げれば追いかけてくる、飛びこめばおかげがわかる)



9月
夢を語る人物に人は人生を託す
(失意の人に明日は見えない、志ある人が明日をひらく)

岸和田古城 ケータイ投稿記事

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土生町がある岸和田市の地名のおこりは、建武元年建武の中興で功があった楠木正成は摂河泉の守護となり、岸和田あたりに和田新兵衛高家を代官としておき、当時付近は岸と呼ばれていたことから「岸の和田殿」と呼ばれたことが岸和田という地名が生まれるもとになったと一般に言われています。



これには異論もあって、当時すでに岸和田氏を名乗る地侍がいたことから地名のおこりはもっと古く、当時海岸が内陸部に入り込んでいたことから「岸のわんど」と呼ばれていたのが後に岸和田に転じたという説もあります。



それはとにかく和田高家が居城を築いたと伝えられる野田町にある岸和田古城、通称照日山は私達は幼い頃よく遊んだ思い出の場所なのですが、最近岸和田市教育委員会によって発掘調査が行われ、中世の城跡を示す重要な遺構が発見されたのです。ところがこの土地は私有地のため所有者の意向によって調査は中断され、土地は売却されてしまったのです。



財政難の市では打つ術もなく、このままいくと、この岸和田の重要な歴史に関わる古城跡が開発で消えていくことになります。先日近くを通りかかって見ると、城跡を覆っていた木々はすべて切り倒され、裸になった小山にぽつんと和田氏居城伝説地を示す石碑が立ち、周りは柵が張り巡らされて入れなくなっていました。



しかし地域の未来を考えると、開発も大切でしょうが、こうした重要なポイントは保存し、地域づくりに役立てていくべきではないでしょうか。目先だけのことにとらわれていると地域の未来は大変不安なものになっていくように思えてならないのです。

明日矢代寸神社冬祭 ケータイ投稿記事

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明日は兼務しています矢代寸神社で午前8時半より冬祭の祭典を行います。宮座々老25名の参列があります。


それが終わりますと、土生神社に戻り、七五三詣りのご予約が何件かあります。天気が心配ですが。


心をこめてのご奉仕 神様に向かって歩かせて戴くしかない私です。

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