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いつもブログをご覧戴きありがとうございます。ここのところとても疲れきっていてミスも多くすっかり自信をなくしている私です。
一昨日大阪府神社庁第十二支部岸貝分会の神宮大麻暦頒布始祭が岸和田天神宮であり、岸和田と貝塚の神職と氏子総代約30名参列のもと斎行され、私は急遽副斎主でご奉仕しましたが、何とかご奉仕を終えほっとしました。帰ってから深夜分会長の南近義神社一ノ瀬禰宜様から戴いたメールに「見るところ健二くんはだいぶ疲れてますよ。どうかご自愛されてなるべく物事を追うように構えて下さい。」と書いて下さってありました。
神宮大麻頒布始祭に参列して戴いた土生神社の総代である町会長さんと実行組合長さんも直会の席上でずいぶん私を励まし、これから神社を盛り上げていくように言って下さっていましたが、なんとも私の力不足が申し訳ないです。
話は変わりますが、先日ここのブログをいつも訪問して戴き交流のあるftomoki2005さんのブログ「スローライフ都府楼散歩」に四国の旅の記事があるのをみました。その中の足摺岬を訪ねている記事を見て私の青春時代の記憶が甦りました。
http://blogs.yahoo.co.jp/ftomoki2005/42244347.html
私は青春時代に挫折感を味わい、二年間を四国の海辺の町である伊予北条で一人下宿しながら高校生活を送つたのですが、はじめその環境になじめずまた苦しみました。そしてふと本屋で目にした同じ愛媛県の西条出身である素九鬼子さんの小説「旅の重さ」を読んで共感し、旅に出たのです。
宇和島から歩いて海沿いに高知県を目指した私は夜の道を歩き続けましたが、その時内海辺りでみた漁火の美しさは何十年たった今でも心に焼き付いています。疲れて、畑の小屋に忍び込んで横になってみましたが眠れず、むしろに蚤がたくさんいるのに気づいてあわてて小屋を飛び出したのです。
宿毛まで歩き続け、通学していく同じ高校生の姿を横目に見ながらバスで土佐清水に出て、そこで小さな民宿に一泊し、次の日足摺岬をめざしたのです。岬までの道のところどころで鰹節が干されているのを見て遠いところに来てしまった孤独感がつのってきました。
足摺岬を見て、さすがに疲れて近くの第38番札所金剛福寺の本堂の近くに座ってこれからどうしようと考えていると、3人組の若い男女に声をかけられたのです。
その人達は今治からドライブに偶然きていた人達でした。私はこれから今治に帰るその人達の車に乗せてもらって北条に帰ることになったのです。車中いろいろ話をするうちに、私もそうでしたがその3人とも父親を早くに亡くしているということがわかりました。そんな縁も感じながら、何よりあんなところで偶然にも今治から来た人に会って連れて帰ってもらうことになったのは不思議な縁でした。おかげで私の無断欠席は数日の停学ですみましたが、そうでなければ私はまだあのまま旅を続けて高校は退学になり、その後の人生はどうなっていたのかわかりません。
今あの3人の方々はどんな人生を送っておられるでしょうか。全く想像もつきませんが、心より感謝申し上げたいです。ありがとうございました。そして人生のご多幸をお祈り申し上げさせて戴きたいと思います。
その後私は同じ愛媛県の砥部町在住の詩人坂村真民先生を18歳の時に訪ね導かれていくことになるのですが、ftomoki2005さんのブログから青春時代の思い出が甦り、私はほんとうにたくさんの人に支えられて生きてきたことをあらためて感じ、感謝の気持ちでいっぱいになります。
そのftomoki2005さんのブログとの出会いも坂村真民先生の詩のご縁であり、またこちらの土生神社の主祭神菅原道真公ゆかりの大宰府におられて太宰府天満宮の記事がたくさん出てくるブログでもあるという深いご縁を感じる出会いなのです。
正直今の私は疲れきってしまっていますが、今たくさんの若者が自らの命を絶つ事件が起きています。それを思うと私がたくさんの人に支えられていきてきたそのご恩返しをこれからを生きる若い人達にわずかでも出来たら、そう願って、ささやかな歩みを続けていきたいと感じています。
今日も読みづらい記事を最後まで読んで戴いてありがとうございました。
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