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明日で阪神淡路大震災から12年になりますね。
私は震災の起きるちょうど1ヶ月前の12月17日神戸に行きました。当時私は神戸にあることで1ヶ月に一度通っていたのです。そして震災が起きた当日は仏滅の火曜日 年が明けて初めての休日でまた神戸に行く予定だったのです。しかし、その朝私を眠りから覚ましたのは目覚まし時計でなく、今まで体験したことのないような強い揺れだったのでした。岸和田で震度4ということでしたが、岸城神社でも灯籠が3基ほど倒れたのです。
翌日私は芦屋にある母の実家の安否確認のため、阪神電車が甲子園駅まで動いていましたので、そこから歩いて母の実家を目指したのですが、あたりは何かこんな言い方は不適切かも知れませんが戦場のような凄まじい状況でした。そんな状況なのにふだんとかわらないように犬の散歩をしている人がいてびっくりしました。
道のあちこちでダンボールのきれはしに矢印で駅などへの道順を示した道しるべを見かけました。あの混乱の中で誰が書いたのかわかりませんが、胸を打たれました。その小さな道しるべがこれからこの震災にあった町を導いていくのではないかなと思いました。
途中通りかかる神社も軒並み倒壊していました。あるお宮のそばの公衆トイレに入ると、ある言葉が耳に飛び込んできました。
『神社は金もうけばかりしているからこんなことになるんや』
言った本人はまさか神主が聞いているとは思わなかったでしょうが、私の胸にぐさりと突き刺さりました。
母の実家にたどり着くまで、早く確認したい気持ちと、確認するのが怖い気持ちが入り混じりながら歩いていました。あの時の気持ちを生涯忘れません。
その後私はボランティアの真似事でたびたび神戸に行くことになりましたが、いつまでも被災された方の心にたどり着けないまま12年過ぎてしまったような気がします。
また明日夕方からしか行けないと思いますが、神戸に行きたいと思っています。
一期一会 (阪井健二)
夜のテント村を訪ね
あるテントに
声をかけたら
若い奥さんらしい女性が出てきた。
美しい人だった。
何も言わず
ただ祈りをこめて
そっと一冊の詩集を手渡した。
女の人は
不思議そうに
受け取って下さった。
あれから
あの女の人はどうなっただろう。
震災直後の
ある夜の一期一会だった。
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