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松山から帰りの電車から私が高校時代の2年間を過ごした伊予北条の町 そして鹿島が見え懐かしかったです。
鹿島に太田屋という旅館があり、そこの鯛めしは名物です。神功皇后の戦勝祈願に出されたと伝えられているぐらいです。
その太田屋と縁があり、小さい頃から家族旅行などで何度か訪れていたのですが、小学生4年生ぐらいだった時私は鹿島の海水浴場で急流に流され溺れかかったのです。偶然他の子供を助けに来ていた監視員のお兄さんに救われ一命をとりとめたのです。今でもその時のことをよく覚えていますがもうこれは死ぬと思いました。
そんな命にまつわる思い出のある場所で私は高校時代2年間を過ごしたのです。太田屋の本町の方にある別館の2階に下宿して地元の高校に通っていたのでした。
今でも太田屋の湯呑みを記念に持っています。
鹿島にはその名の通り鹿がいるのですが、鹿島神社が祭られています。対岸に大きな鳥居が建てられ、この島自体古くから神の島として信仰されてきたのでしょう。
鹿島の神様は藤原(中臣)氏の祖神とされる建御雷神さまですね。この神様は大鯰を押さえている絵で知られているように防災の神様としても信仰されているのです。
この北条の鹿島神社にも要石というものがあって、地底にいる大鯰をこの石で押さえているから風早(北条)地方には地震が少ないという伝説があるのです。
残念ながら芸予地震では旧北条市で一名死者がでましたが、この土生神社にも春日の神様の一柱として鹿島神がまつられています。深い縁を感じます。
私が防災とか災害救援とか言っているのも、その神様のご神徳にも関係しています。
私が幼い日溺れかかったところを助けて戴いたのも、鹿島の神様だったのだなと思います。今また新しい人生への鹿島立ち(出発) この神様とのご縁に感謝し大切にしていきたいと思います。
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