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先日愛媛県護国神社に参拝した時、境内に「天壌無窮」の碑があり、陸軍大将秋
山好古謹書とあるのを見つけました。
「天壌無窮」という言葉でまず思い浮かぶのはやはり『天壌無窮の神勅』ですね
。
邇邇芸神が葦原中国へ降臨させられるとき天照大神より賜った神勅と言
われているものです。
「葦原の千五百秋(チイホアキ)の瑞穂の国は、是、吾が子孫(ウミノコ)の王
(キミ)たるべき地(クニ)なり。爾皇孫(イマシスメミマ)、就(イ)でまし
て治(シ)らせ。行矣(サキクマセ)。宝祚(アマツヒツギ)の隆(サカ)えま
さむこと、当(マサ)に天壌(アメツチ)と窮(キワマリ)無けむ」(日本書紀
)
それはさておき、この字を謹書したという秋山好古は司馬遼太郎の小説「坂の上
の雲」の主人公の一人として知られていますが、私はほとんど知りません。
少し調べただけでもすごい人物であることがわかりますが、秋山好古が陸軍大将
になったのは大正5年のことだそうですから、この碑の文字はその頃書かれたも
のでしょうか。
軍人としての大きな功績を残した秋山好古でしたが、退役後中学校の校長を勤め
ている時軍人時代の話をすることを求められても一切しなかったそうです。
自分の功績について一切語らなかった秋山好古。そういう生きる姿勢と心で生涯
を貫き通した思いが天壌無窮という言葉にも込められているように思えました。
仕事の功績を自分のものとせず、多くの人の協力によってなされた仕事、そして
何よりも神様にさせて戴いた仕事。
どんなに偉大な人でも一人の人間の出来ることは限られていますが、それを神様
からの戴きものと受け止め神様に捧げていく時、どんなに小さな仕事も永遠に尽きるこ
とのない神様の仕事と一つになって輝いていくのではないでしょうか。
一つ一つの仕事に神様へ捧げる気持ちを大切にこめていきたいと、秋山好古
の天壌無窮の文字に思いを深く新たにしたことでした。
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