過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

草思社から知覧特攻平和会館編『いつまでも、いつまでもお元気で(特攻隊員たちが遺した最後の言葉)』が新しく出版されました。



佐藤新平・・・23歳

お母さん江

思えば幼い頃から随分と心配ばかしおかけしましたね。腕白をしたり、また何時も不平ばかし云ったり。
眼を閉じると子供の頃のことが、不思議なくらいありありと頭に浮かんで参ります。
悪いことなどすると神様に謝らせられたり、又幼い頃「今日の良き日をお守り下さい」「今日の良き日を有難うございました」と毎々拝神のことをやかましく云われたお母さんでした。
今日になり本当にあの頃からのお母さんの教育がどんなにか新平のためになった事でしょう。病気で心配かけたり、又苦学の時も随分と心配をおかけしたり。
苦学と云えば、家を出発する時、台所でお母さんが涙を流されたのが、東京にいる間中頭に焼きついて、あの頃どんなにかかえりたかった事かしれませんでした。
お母さんの本当の有難味が解ったのは東京へ出てからでした。あれからは余り家に居る事もなく、ゆっくりお母さんに親孝行をする機会のなかった事だけ残念です。

軍隊へ入ってお母さんにお会いしたのは三度ですね。一度は去年の休暇、二度目は去年の暮近く館林まで来ていただいた時、あの時は新平嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
わざわざ長い旅をリュックサックを背負って会いに来て下さったお母さんの姿を見、何か云うと涙が出そうで、つい、わざわざ来なくても良かったのに等と口では反対の事を云ってしまったりして申し訳ありませんでした。
あの時、お母さんと東京を歩いた思い出は、極楽へ行ってからも、楽しいなつかしい思い出となる事でしょう。
あの大きな鳥居のあった靖国神社へ今度新平が奉られるのですよ・・・・・・。手をつないでお参りしましたね。今度休暇で帰った時も、お母さんは飛んで迎えに出て下さいましたね。
去年の時もそうでした。
日本一のお母さんを持った新平は常に幸せでした。




佐藤新平 岩手県出身 昭和20年4月16日戦死 23歳




8月15日
今日は靖国神社のご英霊を遙かに拝み、感謝とお詫びの祈念をさせて戴きたいと思います。

土生鼓踊り始まる ケータイ投稿記事

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

昨晩から土生町の盆踊り「土生鼓踊り」が始まりました。



私も下手くそながら踊っています。

全1ページ

[1]


.
森からの手紙
森からの手紙
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

地元・泉州

北海道

東北

関東

北陸

中部

関西

中国

四国

九州・沖縄

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事