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今日から5月が始まり、矢代寸神社の毎月おついたちの月次祭は、初めて本殿改修工事のため社務所内に設けられた仮殿で座礼で行い、座老さん達も座敷に正座での参列。今年度は真上町が当番町ですので真上町の一老さんが代表玉串を捧げて拝礼。
今日は端午の節句も近いので昨日トーク岸和田で買った粽もそっと神前にお供えしておきました。
魔除けの意味があるとされる端午の節句の粽は中国の屈原の故事に由来するらしいですが、日本の伝統行事としても根づいていますね。
話は変わりますが、一昨日のバンキシャでやっていた北朝鮮の強制収容所で22年間生活して脱出した青年の証言をもとに作られた再現フィルム 凄まじい内容でしたね。
収容所で生まれ育った青年が13歳の頃母と兄が脱走を企てて捕まり、青年も知っていただろうと問い詰められ、否認すると火あぶりの刑に。7ヶ月ほど監獄に入れられた後、今度は母と兄の公開処刑に立ち合わされる。そこは地獄でありながら、そこで生まれ育った青年は普通の人間としての感覚がマヒしており、多くの収容者が何の喜びも与えられないままただ労働するためだけ道具のように使われ一生をその中で過ごしているのです。番組ではその数20万人とも伝えていました。
北朝鮮はそんな強制収容所の存在を否定していますが、命からがら脱走してきた青年の証言によって、その実態が明らかにされました。
そんな国が他国の人間を拉致して、その一生を使い捨てのように扱っても何の不思議もありません。
日本人が拉致の問題にもっと関心をもち声を上げなくてはいけないのは日本の国のためだけではありません。
強制収容所に何の罪もない人間を一生閉じ込め、一人の人間として生きる意味を何も与えられないままただ道具のように働かされる そんな国を人間の良心として許すことは出来ない 拉致の問題を日本人として見逃すとしたらそんな国の蛮行すべてをを見逃し許していることに等しいと思うのです。
それは世界で起きている戦争や紛争 飢餓 差別などの問題を他人ごとのように無関心ですませることにもつながっています。でもそのことほど日本を危機にさらすことはないと思います。
私はこの平穏無事な日々の中で日本の伝統行事を守ることにいそしみながら、そのことと、世界の中でさまざまな国の状況の中で苦しみながらも生きようとしている人々の思いとがかけ離れたものではなく、この世をよりよいものにしよう 人生を素晴らしいものにしようという思いでつながり、一つのものであると信じています。
日本の伝統行事を守ることを通して世界の痛みにつながり、祈りを持って行動をささやかでも起こしていきたいと願っています。
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