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真民先生が大切にされた母上から戴かれた八字十音の真言『念ずれば花ひらく』のことばを刻んだ碑が真民先生とご縁を結ばれた方によって全国に建てられていますが、私が実家の岸城神社に建てさせて戴きましたのは第三十九番碑です。
第三十九番の碑に(坂村真民)
砂漠の霹靂のように突然魂が四分五裂して
自分でもどうすることもできなくなる
そうした自分を制御するには余りに年若く
彼は周囲の誤解の中で分裂は度を加え
学校からも追われて大阪から独り
四国の海岸の高校にきていた
でもここでも孤独はつのるばかり
遂に自己放棄寸前までになっていた頃
タンポポ堂を尋ねてきた
現代人の苦悩を一人で背負っているような
蹌踉とした足どりで入ってきた
わたしは一見して彼の孤独を
わたしの若い頃の姿に見出して
彼が好きになった
高校だけは出るんだ中退しては駄目だと
叱咤激励しながらも四国の学校も教師も
生徒も彼を理解する者なく
また追われ大阪に帰った
幸い拾ってくれる学校があって卒業できた
そんな事からわたしへの恩返しだと言って
「念ずれば花ひらく」碑の建立を志し
新聞の朝刊夕刊配達をしながら費用を稼ぎ
見事に念願を果たしたのである
わたしは皆が寝ている暁闇を走る
彼の姿を思い浮かべ涙がにじんだ
だから三十九番という碑は
三(さん)ざん苦(九)労した彼が
建てた碑として一番ふさわしい数だ
碑よ彼を見守り建ち続けてくれ
真民先生との出会いの中で一番忘れがたい思い出は私が大学に合格して入学を報告にお伺いした時のことです。後にまた来客の予定があるということでいつもより早い目に失礼してバス停で帰りのバスを待っていると、先生がわざわざ自宅から追いかけてこられていろいろまたお話し下さり、私の乗ったバスを合掌して見送って下さったのです。その時の先生の姿は今も私の心の底に焼き付いています。
岸城神社にもしお参りされる機会がありましたら、「念ずれば花ひらく」三十九番碑にもお参り下さい。
この碑にこめた私の願いは次の通りです。
青春時代を苦しみ
挫折してゆく若者たちに
新しい力が与えられ
すばらしい人生となりますように
(阪井健二)
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