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病院の帰り久しぶりに西宮神社にお参りしました。
13年前の大地震の時私は翌日西宮神社に行きましたが、その惨状というものには言葉もありませんでした。
参集殿が避難所になっていましたので、何が必要か尋ね届けたのが昨日のことのように思い出されますが、今はほぼ震災前と同じ姿に復興しています。
その西宮神社の境内末社の一つに庭津火神社があります。
庭津火神社とは吉井貞俊権宮司様の説明を借りると、庭とは土地のこと、津とは天の神・国の神をアマツカミ・クニツカミと言い表すように接続詞の「の」ということ、火とは霊とか魂を表す古語 つまり庭津火とは土地の霊魂ということで土地の神様を祀った神社ということになります。
この神社には拝むための門のような施設はありますが、「そのなかには本殿にあたる建物がなく、柵に囲まれた丸い土壇だけという姿」になっています。
以下震災に際して吉井貞俊権宮司様が書かれた文章の一部を引用させて戴きます。
『今回の地震騒ぎで思いつくことは、被害を受けて崩壊したのは、すべて人間が作ったものであったわけで、自然そのものはなんのかかわりもないといった有様であった。
ここに土地神さまとしての庭津火神社を取り上げたのは、阪神大震災でこの地方の各社寺は随分被害を受け、本殿・拝殿など古くからあった主要建物が崩壊してしまった神社が多いなかにあって、この土壇のみの神社というのは強かったといいたいためである。何しろ自然そのものを拝むのだから崩壊することもないわけ。
沿線にも神社は数々あるが、このように土地そのものを祀ったお宮が境内にあるというのは珍らしく、もともと神社の原初的な姿はこういう祀り方をしていたわけだが、このような基本的な姿の神祀りの場が西宮神社に存在するということはあまり知られていないので、地震の機会に紹介することとした。』(吉井貞俊著『西宮からの発想ー阪神大震災記ー』より)
建物を建てるということも人間にとっては大切な文化ですが、やはりその前に人間のおごりを慎み自然を拝むという原点に帰る大切さを教えて戴ける庭津火神社だと今日も感じながらお参りし、神前で13年前の大地震の惨状を思い浮かべながら大祓詞を奏上させて戴きました。
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