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昨年の7月16日午前10時13分に発生した中越沖地震。
柏崎神社から海岸の方に進むとすぐに東港町の仮設住宅があります。
地震から一年たち、被災された皆様はどうされているでしょうか、そう思って仮設住宅を訪ねさせて戴きました。
中越で活動している人も知っていますが、何の紹介もなく飛び込みで仮設住宅を訪ねました。
誰か外に出ている人はいないかなと思っていると、一人のおばあさんが花に水をやっているところでしたので、声をかけさせて戴きましたが、さすがに少し不審に思われた様子。
おばあさんはテントで暮らさないといけないようなことに比べたらここの生活には何の不満もありませんと言われました。
私は仮設住宅に絵葉書を飾ってもらう活動をしていますので持ってきた絵葉書をおばあさんにプレゼントさせて戴きました。
そのほかに外に出ている人の姿も見あたらなかったので、集会所を訪ねていきますと、Yさんという女性の方がおられ、これから仮設住宅の人が数名集まって手芸をするところでした。
全壊した家から取り出した古着などを持ち寄ってフクロウを作っておられました。
それを同じ被災者の能登の仮設に送ったり、こんどは岩手の仮設にも送りたいということで、被災地どうしで交流しているとのことでした。
Yさんはご主人が病気のため地震の時は避難所に行かず親戚のうちに身を寄せておられて仮設住宅に入ったそうです。
自分達だけでなく自分達を預かってくれていた親戚も大変だったと思うと、相手を気づかう言葉をもらしておられました。
仮設住宅では各世帯に入居間もなく神社の団体(神社庁?)から簡易神棚(宮形)が配られたそうです。能登でも神社の宮司さんが配ってくれたと言ってました。神棚をどこの家でもだいたい祀っている地方では自然とそういう支援が神社界からされることはよいことだと思います。
地震から一年がたち、各地で災害も相次ぎマスコミもほとんど中越沖地震被災地のことを報道もしなくなりましたが、復興はこれからです。
そして次は自分のところがどんな大きな災害の被災地になるかわかりませんから、自分も未来の被災者だという思いで、復興が始まったばかりの皆さんとほんの少しでも共に歩んでいく気持ちを持つことが出来たらと思います。
ところでこの仮設住宅のすぐ前は道路を隔てて海岸です。
新潟県で日本海を見ると、拉致被害者のことを思わないわけにはいきません。
地震の被災者は人災という面もあるにせよ、自然災害です
しかし、拉致被害者は明らかに北朝鮮による犯罪の被害者です。
自然災害にたとえると拉致被害者は瓦礫の下に今も埋もれたままです。地震だったら誰でも助けに行こうと思うでしょう。拉致被害者の皆さんをどうして私達はもっともっと救出しようと力を尽くさないのか、日本海を見つめながら恥ずかしくなってきました。
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