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伝統文化が
私達を守ってくれた
(山古志・松井治二さんのことば)
土生神社宮司 阪井健二
国内外で大きな災害が相次いで起きていますが、過去のことのようになっていてもここ数年に起きた災害のことも私達は忘れることができません。
昨年の三月二十五日午前九時四十二分に発生した能登半島地震の被災地には昨年夏お伺いしましたが、地震から一年あまり経過した今年の六月再び訪問させて戴きました。
ボランティアというわけでもなく、ふらりと能登の被災地を訪問したのですが、輪島市の中心地にもあちこち更地が目立ち、家の跡地には売土地の看板も目立ちました。若い人が都会に出てしまっている家では再建が難しいケースもあるのでしょう。
門前にある舘仮設住宅を訪問させて戴き、星野区長様にお目にかかり、少しお話をさせて戴きました。そして仮設住宅に住みながら自ら自宅再建をしておられる八十歳のおじいさんがおられるというので、自宅再建の現場にお伺いさせて戴きました。
仮設住宅からすぐ近くの地区で、地震で家は壊れませんでしたが、全壊の判定をうけました。奥様が地震でお体を痛められたそうです。今も仮設住宅に住まれながら、基礎工事と屋根瓦以外はご自分お一人で建築工事をされておられ、すごいなと思いました。
ただそのお家の近くで、地震で傷んだ家の大がかりな補修工事を大工さんがしていましたが、おじいさんの家も全壊の判定を受けていても潰れてしまっていなければ補修出来たのかもしれないなと思いました。専門的なことはわかりませんが、日本の伝統的な建築の工法ではそういう補修で修復が可能な場合もあるということです。
とにかくあわてて家を取り壊したりしないことだと思います。
また復興をあわてさせない支援が大切だと感じます。
それにしても自ら自宅再建をしている八十歳のおじいさんの姿は輝いていました。復興の途上というよりその姿がおじいさんの人生そのものだと感じました。
門前・総持寺通りにある総持寺祖院の末寺興禅寺は地震で全壊し、能登半島地震の被災の一つの象徴のように全国にその姿が放映されましたが、残された門に掲げられている言葉に再生に向けてとして、山門とお地蔵さんと賽銭箱が現在の興禅寺のすべてでありここから再生の一歩がはじまる、仏弟子の初心に還りたいと御住職様の決意が書かれていました。
その市堀住職様に今回の旅で偶然初めてお目にかかりました。御住職様は僧侶としての原点に返り、托鉢をして回られ、能登半島をほぼ回り終えたということでした。
そしてお寺の再建もようやく具体的に始められたということでした。
御住職様はお寺のことだけでなく、今回の経験をもとに宗派を超えたお寺に呼びかけ、災害ボランティアを応援する会を立ち上げられるとのことでした。
私は御住職様のお話を聞いていてふと伊勢神宮式年遷宮のことを思い出しました。災害ではありませんが、二十年ごとに建て替えを行う神宮遷宮の奉賛活動を通じて私達も原点に帰ることが大切なのだと感じました。
昨年は七月十六日に中越沖地震も起きています。中越では平成十六年十月二十三日に起きた中越地震も記憶に新しいことです。その中越に八月はじめ(土生鼓踊りの練習を休ませて戴いて)一年ぶりに訪問させて戴きました。
中越沖地震で本殿が全壊するなど大変な被害が出て昨年ご神体を取り出される時の活動に参加させて戴いた柏崎神社にお伺いしますと、ようやく仮殿を拝殿に設けられて復興に向けた歩みが始められたところのようで、氏子さんの状況を見ると十年ぐらいのスパンで神社の復興は考えないといけないと北村宮司様は言われました。
二年ぶりに中越地震の最大の被災地である山古志に入り、牛の角突き(闘牛)の牛持ちである松井治二様と言う方に偶然お目にかかりました。松井様は単なる牛持ちではなく、山古志観光開発公社の社長様であり、山古志の復興にも大きな力を発揮されてこられた方だったのです。
松井様の住んでおられた木篭集落は土砂崩れで川がせき止められ集落ごと水没しました。牛小舎も全壊し牛もたくさん亡くなりました。
地震の翌日には市街地にみんな避難した中で、松井様は山を越えて村に戻り生き残った牛を救出したのです。「道がなくなったら昔に戻ってやればいいのです。」と言われましたが、確かに昔はみんな山を歩いて超えたのですものね。
地震の時のお話をされる松井様は「伝統や文化を私達が、守ったというものではないのです。伝統や文化が私達を守ってくれたのです。」と目に涙を浮かべて言われました。私はどんどん松井様のお話に引き込まれていきました。
私は失礼ながらお金のことを尋ねましたが、松井様は「赤字です。損になるから千年間続いてきたのです。得を求めてしているのなら得にならないから続いていなかったでしょう。」言われてみればその通りですが深いですね。
闘牛場も見せて戴きましたが、神事ですから、神様が祭られ、神主様が一年に一度御祓いをされます。
山古志の牛の角突きは勝敗を決めませんが、牛同士でお互いの力がわかっていて自然とランクづけされていきます。「相手がすばらしいからこちらもすばらしい勝負をさせてもらえるのです。みんなお互い様で支えあいなのです。」
山古志の復興には厳しい課題が多いと思いますが、こちらこそ伝統文化が培ってきた知恵と生きる力に元気とこれからの指針を戴いた松井治二様との出会いでした。
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