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昨年の暮れ出した一枚の年賀状が私のもとに戻ってきました。
そして私は初めてその方が昨年の一月十二日亡くなられていたことを知ったのです。
菅原ペて呂さんとの出会いは私がまだ大学生の時一燈園の石川洋先生を通じてペて呂さんのご著書『大地に伏す(一精神障害者の求道記)』にふれたのが最初です。当時私は精神的に大変苦しんでおり、この本を引き込まれるように読んだ記憶があります。
そして私は当時東京・八王子市のマンションに住んでおられたペて呂さんを訪ねていったのです。
それからペて呂さんとの静かな でも魂を揺さぶられるような交流をさせて戴くことになりました。
初めてお目にかかった時、ペて呂さんにご著書にサインをして戴きました。
そこに記された言葉は、西田天香師の
『さがし歩くより
自分をもっと深めるがよい』
という言葉でした。
ちょうど二十年前の二月六日のことでした。
ご著書『大地に伏す』にはペて呂さんの信仰への一途な姿が記されています。
言うまでもなくキリスト教の信仰ということですが、精神的な病いを抱えつつも一途に求める信仰への救いは形式的な宗教のあり方に満足出来ず、ふと手にされた西田天香師の『懺悔の生活』を読まれ、体験的捨身の信仰生活を求めて一燈園に飛び込んでいかれたのでした。
一燈園との出会いはペて呂さんの人生に大きな影響を与えたようです。
そのつながりを大切にされながら、信仰の恩師によって施設での奉仕生活に落ち着かれていくわけですが、ある時精神障害者としての葛藤の中で神様の声を聴き、いたらない人間として大地に伏されるのです。
“そうだ、私は精神障害者であってよいのだ。そしてさらに、もしこの世に真の健康があるとすれば、それはただ、主においてのみあるのだ。私たちは、ただその言葉に聞けばよいのだ。真の健康とは、この言葉に聞くことにおいてのみある。”
それがその時ペて呂さんに示された一大事実であったそうです。
その後ペて呂さんは全国的な連絡機関である「友の会(精神障害者)」を組織され、精神障害者に対する社会的な理解が広がるよう尽力されました。
その会報に投稿したわけではないのですが、私が書いた拙い文もよく掲載して戴きました。
またその会報で杜拓磨さんという長年病院に入院しながら油絵の制作を続けている方と出会い、その作品展を大阪で開催させて戴いたこともありました。
私が菅原道真公を祀る土生神社の宮司になった時、ペて呂さんはご自身の菅原姓について調べられたことがあるとのお手紙を戴き、これも何かのご縁のように思えました。
五年前ペて呂さんが聖書の友社から出された『・一精神障害者の回心記録・わが主イエス・キリスト』の最後のページに私の小さな詩を載せて下さいました。
あなたが歩いてきた
大地がある。
私が歩いてきた
大地がある。
二人が出会った
大地がある。
(小さな友の会・阪井健二)
病院に入院されてからのここ数年、ご自身で手紙を書かれることも出来なくなり、私は一度お訪ねをしないといけないと思いつつ、無精をして、連絡もしていませんでした。
それが亡くなられて一年以上過ぎて知るなんて、不義理もいいところです。
深く深くお詫びをし、ペて呂さんのご冥福をお祈りしました。
信仰は違いますが、一燈園とのご縁 そして大地に伏されたペて呂さんの信仰の姿には私達の神社神道とも基本的に通じていくものを感じます。
ペて呂さんとの出会いをあらためて振り返り、学び直していく一年にしていきたいと思います。
ペて呂さん、ありがとうございました。安らかにお眠り下さい。
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