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昨日鎮守の森地域交流会を開き、二十数名の方が集まり、南正文さんのお話をお伺いし、交流させて戴きました。



私が南さんと初めて出会ったのはまだ私が学生時代のことで二十数年前のことです。
出会って間もなく、一燈園の石川洋先生のご指導もあって、少年院の慰問を私が企画させて戴き、石川先生や南さんと共に少年院を訪問したのも私にとっては人生のアルバムの大切な一ページとなっています。
以来二十数年南さんからたくさんのことを教えて戴いてきました。




小学生三年生の時両腕を失われた南さんが、十四歳の時人生の師である大石順教尼先生と出会い薫陶を受けられ、画家への道をひたすら歩んでいかれることになりました。
口に筆をくわえて描く日本画家として認められるようになるまでに並々ならぬ努力があったはずです。


しかし、そういう今までの苦労や努力を感じさせず、淡々とお話をされる南さん。
それは見えないところに真心をこめるという順教尼先生の教えを守り努力を続けてこられた南さんの生き様そのものだと感じます。


出来ないこととしないことを一緒にしないこと
不幸に思えることの中にこそ幸せになる条件がある。


参加された皆さん 大変感動しておられたようです。
一人一人に与えられた命を大切に心をこめて生きていきたいとあらためて私も感じさせて戴きました。
貴重なお話をして戴きました南正文さん、そしてご参加戴きました皆様 ありがとうございました。
これをご縁に交流が広がっていきますことを願っています。今後ともよろしくお願い申し上げます。

海(坂村真民) ケータイ投稿記事

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現在の土生町は内陸部にあって海から遠い感じがしますが、土生遺跡からは製塩土器が多数見つかっており、海からの恵みを直接得て暮らしていた土生の古代の人々の生活が推定されています。


土生遺跡の発掘でもっとも遺物が多数出たのは現在の土生町二丁目にある城南公園の辺りだと聞いています。
今公園には何も遺跡を示すものが建っていませんが、いつかぜひここに遺跡を標示する碑を建てたいと願っています。土生の歴史の原点ですから。


小学生の頃よく土生遺跡の発掘現場辺りに土器の破片を拾いに行ったのを覚えています。まさか自分が将来土生神社の宮司になるとは想像もしないで、小学生の頃私は土生の古代の人々と向き合っていたことになります。
今もその破片の一片をお守りのように大切に持っています。




私が土生神社の宮司に就任した時、坂村真民先生は『土生はなんと読みますか?』とお尋ね下さり、『いい名前です』とおっしゃって戴きました。
土生の『生』は、『海』に通じ、また天神さんとゆかり深い『梅』にも通じます。


坂村真民先生の『海』という詩を紹介しておきましょう。


海 (坂村真民)

わたしが帰ってゆくのは
海である
海から生まれたから
海に帰ってゆくのである
海はわたしの母である

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